雅やかなる聖地にて。

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 徐に振り返った冷泉。の、圧を感じる眼差しに息を飲んだ旭。此の瞳は、間違い無く御立腹で在られると。 「皇子は御黙り下さいませ。私は、蛍雪へ訊ねて居るのです」  静かなのだが、此の低く重い声に旭は。 「は、はい……っ」  情けなくも身を改め、東宮妃様の仰せのままに。奇しくも、東宮妃へ尻に敷かれている兄の姿を、妹へ晒す羽目となった。  一方の蛍雪。こうなれば水月へ助け船をと視線送った処、后妃と何やら話し込んで居られる。何と言う自由な御方。我関せずかと。最早覚悟を決めて、咳払い。 「そう怒らずとも良いだろう……遠い昔の話ではないか……」  何とか宥めようと、謝罪を後にした蛍雪。しかし、此れが火に油であった。従兄弟であり、幼馴染み。其の性質も、よく知っていた筈なのに。 「ほう……」  凍る眼差しと共に出た声。冷泉は、旭へと向き直り。 「皇子。『あづき』の蛍は、舞、楽、歌と全てに秀でて居るとは在りますが……此方の蛍雪、結構な悪筆なのですよ」  此の暴露へ、蛍雪は顔を赤らめ、立ち上がった。 「冷泉……っ!」  意外過ぎる事実に、旭も驚き隠せず。 「え、あ、悪筆……ま、真に……?」  何と。其れは、蛍雪の心象に酷く合わぬ欠点。斯様に麗しき貴公子の書く字だ、真美しきと信じて疑わなかったもので。  酷い恥を晒したと、立腹した蛍雪は、己より少し背の高い冷泉を睨む様に見詰めて。 「言うて良い事と、悪い事があろう……!」  余程の動揺に、声を荒げて物申す蛍雪。が、冷泉も譲らぬ。 「此方の台詞よ。寄りによって、旭にだけは最も知られたくなかった過去を……」
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