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声は依然静かではあるが、震える手元の笏が其の憤りの深さを示して居る。余程、旭には知られたくなかったのであろう。
此の睨み合いに、水月も流石に重い頭を笏で支えた。冷泉が突いた蛍雪の欠点は、数少ない蛍雪の逆鱗。常穏やかな気性の蛍雪迄こう感情的になられると、接待処ではないので。
「何とも暑苦しいな……続きは又、後でと言うことで。蛍雪、本日は感謝する。会食の方も、宜しく頼む。冷泉も、百合が大層喜んで居る。私も嬉しいぞ、有り難う……機嫌を直しておくれ」
其の声に答える余裕はまだ無いが、蛍雪を睨み付ける顔を背けた冷泉は、水月へと改まり頭を下げる。兄の言葉に、公務中であった事を思い出したのだろう。蛍雪も又同じくの様で、水月へと拝をして。
何とか、二人がおさまったと水月も苦笑いを浮かべ旭へ顔を向けた。旭も、複雑そうな笑みで。
「御部屋を御用意して居りますでな。旭殿、一先ず疲れを癒して下され。冷泉もな」
一時不穏な空気と相成ったが、取り敢えずおさまり、旭と冷泉は国賓を招く一等の客間へと案内されたのだった。
先程の話から、少々気不味い雰囲気であるが。
「――冷泉、あの……蛍雪殿も悪気は無かったかと……」
蛍雪との仲もそうだが、冷泉の心を癒したいと、思い切った旭の声に。
「蛍雪を案じて居られるか」
冷泉は、鋭い眼差しで切り返した。焦る旭。
「やっ!そうではなく……っ、其の……私が、調子に乗って聞き過ぎたのだ……冷泉の幼い頃の事とか、知りたくて……」
動揺につい本音を吐き出してしまった旭の顔は、みるみると赤く染まって行く。
「私の……?」
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