雅やかなる聖地にて。

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 声は甘く口元へは笑みをも浮かべているが、瞳は全く笑っていない。そして、伝わる此の圧は一体。旭の赤い顔は一瞬で青へ変わり、固唾を飲む。 「は、はいっ……き、肝に銘じて居る、ので……」 「安心致しました」  冷泉は、美しく微笑んでくれたのだが、旭の顔色は変わらなかったと云う。  其の後。予定であった会食も滞りなく。最初、冷泉と蛍雪の間に妙な空気は漂ったが、蛍雪の先の謝罪により、冷泉もと。やはり蛍雪の気性は、温厚素直な蛍の君其のものと、感銘を受ける場面も。和んだ空気に、勇気を出した旭は、持参してきた初版『あづき』第一巻へ蛍雪の署名を厳かに依頼。悪筆な蛍雪には、中々攻めた依頼であるにも関わらず、明日の昼迄には仕上げてくれるとの事。あづきの恋は、やはり蛍を推すと心へ刻んだ旭。天にも昇る心地の旭の表情へ、冷泉が無表情で眺める場面もあったが。  一日目の聖地巡礼――基。外交公務は、何とも濃いものとなった。明日は水月と此れよりの東西の在り方について等、他を遮断しての会談となる。其の後、東へ戻る予定。  であったのだが、宵に落ち着いた床にて。 「――旭。明日兄との会談後、小紫が参内致します」  冷泉の口より、旭にとって大きな予定が告げられた。余りの事へ一瞬、其れが頭に届くに時を要したが。 「な、なな、何とっ……ま、真に……?!」  動揺隠せず、座する冷泉へ前のめりに身を倒す旭。冷泉は至って冷静に、旭へと声の前に頭を下げて。相変わらずの温度差である。 「はい。依頼してみましたらば、小紫が直ちに返事をくれまして……是非とも、皇子様へ拝謁をと。署名の件も勿論、執筆愛用の筆を持参し、馳せ参じるとの事です」
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