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「とにかく、落ち着いて下さい。ああ、其れと……会談中に、蛍雪が署名を仕上げ読本を届けてくれました。御確認を」
言いながら、冷泉は懐より旭の大切な読本を差し出す。目を輝かせた旭が、震える手で其れを受け取り胸をときめかせ、署名を拝見と。悪筆を暴露されてしまった蛍雪、其処にあった字は、確かに心象には遠い出来であった。しかし、此方を一晩持ち帰って迄、署名してくれたのだと思うと此れも御愛敬。
「うん。蛍雪殿の誠実さを感じる字で在られる……やはり、彼は蛍の君だ」
笑顔の旭が、冷泉へも其の字を見せる。冷泉は、旭が確認する迄開く事は無かったのだが、気に掛けては居た。読本を受け取り、其の頁を眺める。旭が指定した位置、冷泉の署名の隣へ蛍雪の署名も並ぶ。
冷泉は、此れを目にして何やら感慨深げに頷く仕草。
「そうですな……此れは、かなり慎重を要したかと。蛍雪には、美しい出来です」
等と、冷泉が感心した処で。
「小紫様が御見えに御座いまする」
襖の向こうで、女官が小紫の到着を告げる声が。旭は狼狽えながらも、身を改めた。声は出ぬ様子なので、冷泉が口を開く。
「此方へ」
其の声に、襖が両側へと開かれた。一歩部屋へ足を進め、先ず其の場にて拝する小紫。徐に上がった其の容顔は、旭よりもまだ若い、少女と言うても良い程の可憐な姫。繊細で、何処か儚さも漂う程に。まさか、斯様な迄に幼げな姫がと旭は驚きを隠せず。
進めた足を、上へ座する旭の御前にて腰を下ろすと再び厳かな拝を捧げてくれた。
「東の皇子様。御初に御目に掛かります。私、名を小紫と母より賜りました者に御座いまする」
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