雅やかなる聖地にて。

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 全ての外交公務と望みを果たし、帰国への時が。其の見送りには、水月と百合が見送りに揃い並ぶ姿。別れの言葉を声とする中で、冷泉は此度会う事叶わなかった者等へ歌を兄へ託し、兄弟で言葉を交わす。そして、旭も其の傍ら我が妹へと笑い掛けて。 「様々な事が、お前を悩ませるだろうが、同じ程幸せにもしてくれると信じて居る。お前にも、きっと一刀帝の御加護があろう」  そんな言葉を贈る兄へ、百合は一瞬胸の奥が熱くなるのを感じた。けれど、衣の袖で綻ぶ口元を覆う。 「少し、父上に似てきましたのね」  からかう言葉を。 「あのな……」  表情をひきつらせる旭。百合は、尚も笑みを隠す。兄の此の優しさは、己の里心を直ぐに擽ると。けれど、大好きな兄へは笑顔を見せたい。ほんの少しでも涙を見せたらば、酷く案じてしまう兄だと知るから。其れに、兄へ負けては居られぬとも。百合は、旭の羽織を掴み其の耳元へ唇を寄せて。 「大丈夫。私も、きっと帝を攻略してみせますわ」  潜めた、小さな声。けれど、其れは強い決意の伝わる声でもあった。驚いた旭が、百合の瞳を見る。其れは、よく知る百合の眩しい笑顔。常に前を見据える、我が東の気高き百合の花。旭は微笑み、己も又百合の耳元へ。 「ああ。お前の物語も、きっと大団円に違い無いのだから」  確信、そんな思いを激励とした旭であった。  西の御所より、東へ向けて発った豪奢な馬車。道中の見送りと歓声の声が落着き、蹄と車輪が転がる音が届くのみとなった車内。 「――小紫が、後日又絵を送ってくれるとの事です」  思い出した様に、冷泉が切り出した言葉へ、旭は瞳を輝かせた。 「ま、真かっ!何と、有難い……どんな絵なのだろう、楽しみでならぬ」  素直に喜びと興奮を声にする旭へ、冷泉は含みある笑みを浮かべて。 「別次元の世界を描きたいと……和泉と暁が並ぶ絵らしいですよ」  答えに一瞬固まった旭だが、みるみる顔が熱くなる。 「あ、あの、一体……」  別次元とは、と。 「只、絶対門外不出願いたいとの事です」 「こっ、心得た……っ」  火が吹きそうな顔にて、神妙に頷く。そんな旭の聖地巡礼は、真に素晴らしいものとなった様である。
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