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冷泉は、隣で眠る旭を気遣いながら静かに布団を出たのだが。
「ん……う……」
布団の中より聞こえた声に振り返った。が、寝返りをうっただけの旭が穏やかな寝息を立てる姿。起こしてしまったのでは無い様だと、軽い溜め息。そして、今一度旭の寝顔を瞳に映した。己と同齢の筈だが、そうは見えぬ程に幼い容顔。昨日の朝は、布団の隅で丸くなっていた旭。其の顔を見る事は叶わなかったのだが、安心しきって眠る此の姿に冷泉は口元を緩めて。だが、其れは酷く寂しげな自嘲へ変わる。今一度、旭の顔を見詰め静かに御帳を出た冷泉は庭へと向かって行った。
其れから。旭も己の何時もの頃合いに目を覚ました。本日は、眠った時より景色が違っている。瞼を開けると、御帳の天井。隅で踞っていた体は、大の字に。伸びと欠伸をしつつ身を起こした旭は、隣へ顔を向ける。冷泉は、既に寝室を出た様だ。又庭へ向かったのだろう。冷泉が寝ていた床を見詰めていると、昨夜放たれた言葉を思い出す――目合い迄は義務――。
旭は、再び込み上げる思いに拳を握り締めた。何とも思わぬ筈の冷泉に対し、何故か酷く心が傷む。此れは悔しさだろうか。
「本当に、嫁くじ失敗だ……蛍の君なら、きっとあんな事を言わないさ……っ」
拳で瞼を覆い、掠れる独り言。だが、いじけて等居れぬ身。公務に向かう為、旭も寝室を後にしたのだった。
気分がどうであれ、旭も立場上成すべき事は多くある。父の如く立派な天子となる為に、東の民の為に本日より通常の公務に入るのだ。父程では無くも、多くの書類が旭の元へと運ばれる。公務を担う様になって暫く、馴れたとは言え単調な仕事である。
「――皇子様。瑠璃(ルリ)様が御見えに御座いまする」
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