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「私が拒んでやったのだっ」
見栄ではない。そして、嘘でも決して無い。
「何ですって、貴方が?和泉の君様に対して、何て飛んでも無いことを……!」
「和泉の君ではないっ。冷泉殿だっ。おのれ……どいつもこいつも……」
例に漏れず、瑠璃も和泉の君に夢中なのだ。仕事に託つけて、冷泉の事を聞きに来たのか。旭の表情は、益々不機嫌となっていくが。
「旭」
突然、瑠璃が旭の両手を包むように握り締めたのだ。何の意図か全く分からず、旭は動揺を見せた。
「な、何を……」
「私達は、貴方と東宮妃様を応援するわ」
神妙に旭の瞳を見詰める瑠璃から、そんな言葉が。そして、私達とは一体何方達か。
「は?どうしたのだ、いきなり……」
益々困惑する旭。しかし、瑠璃の神妙な表情は変わらない。
「まるで物語の中から、和泉の君様がいらしたが如くそっくりな御方が実在したのよ……宮廷は勿論、姫も貴公子も静かに大きく騒いでいるわ。来年の侍女侍従採用試験は、今迄に無い倍率やもとの噂も真しやかに……」
語りながら喉を鳴らし、不安と身の震えも出てきた瑠璃。
「そ、其れが……?」
何をそう恐れ戦くのだと。瑠璃は此れに、まだそんな呑気な態度をと旭を睨み付けた。其の鋭い眼光に、思わず旭が身を引く。
「御立場上、東宮妃様も慎重とは思われるけど……恋敵は多いと言うことよ」
何を言うかと思えば。己は、冷泉へ斯様な思い等無い。寧ろ、昨夜突き付けられた言葉に心象も下がった程だ。義務だ等と、あまりにも不愉快であった。ふと此処で、あの時の不思議な感情を思い出す。憤りとは別に酷く心傷付いた感覚は何であったのだろうと。何とも思ってはいないと言うのに。
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