尻の下。

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 冷泉は、見台へ広げた書を閉じると徐に立ち上がった。部屋の襖を開くと冷泉に付く年配の女官、皐月(サツキ)。彼女は、后妃なる旭の母へも付いていたのだ。東宮へ皐月が居れば、旭も少しは安心だろうと佳宵の思いであった。  皐月は、冷泉へと厳かに拝をする。 「如何なさいましたか、東宮妃様」  冷泉は、皐月へと会釈をし。 「庭へ。外の空気を吸うて参ります」 「畏まりました。お見送りを」  皐月は微笑み、冷泉を後宮の庭へ続く踏み石迄案内した。 「此の東宮御所も、美しい庭で……今ですと、百合の花が美しゅう御座いますよ。此方には、百合の花が最も多く植えられておりまして」 「ああ……そう言えば、季節ですね。しかし、そんなに多く?」  微笑み問い返す冷泉へ、皐月もにこやかに頷く。 「ええ。今は昔、東西国交の大きな礎を築かれた一刀(イットウ)帝が、百合の花を大層好まれて居られ……後に東宮御所へ参られた茜(アカネ)帝が父帝を喜ばせようと、多くの百合を植えられたのです……ひとつひとつ、自らの御手で」  語られた時の帝の逸話に、冷泉は感銘を受け頷いた。其の帝の名は、東西で歴史を学ぶに出て来る名で馴染み深く。 「ほう。父を持て成す花ですか……何と素晴らしいお話か」 「我が君も此のお話をとても愛して居られ、此の度西へ向かわれた皇女様の御名前を百合様と」  冷泉は皐月の話に、今や義姉であり義妹でもある皇女へも思いを馳せたのであった。  其のまま、暫く進めた足。程無く、後宮の庭へ続く踏み石へと辿り着く。其処から、今一度庭へ改めて目を向けた冷泉。確かに、見事なものだと。  踏み石へ、皐月が冷泉の雪駄を並べる。雪駄は、此処東で主に使われる履き物だ。西の皇子故、浅沓に馴染みある冷泉はまだ此方には慣れぬが、中々気に入っている。日を凌ぐ傘を持つ者をと言う皐月へ、本日は無用と断る冷泉。何より、心安らぎたいので一人が良いのだ。皐月も佳宵より、可能な限り冷泉の希望をと命じられていた為聞き入れる事に。
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