尻の下。

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「――では、お気を付けて行ってらっしゃいませ。どうぞ、ごゆるりと」  再び、厳かな拝で見送ってくれる皐月へ冷泉も又感謝を。 「有り難う御座いまする。では」  庭へと足を進め出した冷泉。足を進める中、季節もあるだろうが、多くの百合の花が目についた。美しくも気品溢れる眩しい白い花の出迎えに、心なごませる冷泉。先程聞いた微笑ましい逸話も手伝ったのだろう。  ふと、誰もいない静かな庭に一人。こうしていると、遠い記憶が甦って来た。日々公務に忙しい父。第一子なる兄も先の為と学術に追われ、徐々に冷泉と共に遊んでくれる時も減っていった日の事を。あの日も父の公務に兄を取り上げられ、ひとり拗ねて御所の庭で鞠を蹴っていたと。そう、あの日。  冷泉は、懐より龍笛を取り出した。西とは、何よりも豊かな精神を育てる為に、楽、舞、歌等の教養を重んじる国。冷泉は、其れ等も基準以上の技量に迄高めている。龍笛を常に持ち歩くは、当然の嗜み。只、鞠はもう手に無いが。其れでも、こうしているとあの日に帰れるだろうか。あの日に。  徐に、笛へ唇をあてる冷泉。奏でられる其の旋律は、何とも美しくも儚げで。切なくて。東宮御所へ響く其の美しい音色を耳にした者は、足を止め、手を止め聞き入った。  そして。背後に感じた気配に、冷泉が龍笛を唇より離し振り返ると。 「皇子……」  ぼんやりした旭が立っていたのだ。我に返った旭は、慌てて頭を下げる。 「し、失礼っ。あの、此方にいらっしゃると聞いて……」  冷泉も旭へと丁寧に頭を下げて。 「いいえ。何か御用に御座いまするか」 「は、はい。明日は、揃うて父の元へ向かうので……其のお話を……」 「畏まりました。戻ります」
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