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冷泉は私室にて、筝を奏で旭を持て成すと。最初は其の側で縮こまって居た旭だが、筝が奏でられ暫くで其の表情が変わる。先程の笛もそうだが、思わず聞き入る程の腕だ。何故か、心に伝わるものがあって。先程の龍笛は、切なくて繊細な音色。今奏でる音色は、軽やかで優しいもの。こんなにも多様な音色を扱えるとは、やはり流石は西の皇子と言う事か。
感銘を受けつつ、旭は筝の弦を弾く冷泉の横顔を改めて見詰める。人気の読本から飛び出したかの如く、美しく雅やかな殿方だ。そして、瑠璃の話を又思い出す。確かに、実際にこんな殿方が存在しては憧憬の的となろう。そんな冷泉が自由を捨て参ったのが、地位以外に何も無い地味で平凡な己の元。頭を冷やしよくよく考えてみれば、此の婚姻を義務とする程に不本意だろう事は当然だと思い至る。
そんな余所事を思い、自虐に落ち込む旭。ぼんやり、冷泉の横顔を眺めていると。
「――皇子は、奏でてはくれませぬのか」
弦を弾く指も、視線も筝へ向けたままに静かな声が旭の意識を戻した。
「えっ……な、何を……」
問い返すと、冷泉は一度指を止め旭へと顔を向ける。
「私が筝の弦を弾いて居るのです。笛を取らぬのですかと」
何と。東宮妃が、共に楽を奏でよと御所望。旭が唯一奏でられるのは笛だが、先程の冷泉の音色に合わせるに相応しい技量ではとても無い。
「え、あっ、や……私は、其のっ、常備はしておらず……」
何とか逃げたいと。しかし。
「ほう……」
圧の籠る瞳。静かで低い声に固唾を飲んだ旭は、慌てて腰を上げた。
「も、持って参ります……っ」
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