尻の下。

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「え……」  旭は、目を見張る。頭一つ分では足りぬ程に高い、冷泉の顔を見上げて。其処には、あまりにも切なく憂えげに己を見詰める冷泉が居たから。違う、恐怖ではない。旭が、更に大きな鼓動を胸に感じた一瞬。声が出ない、部屋を出る動きも取れない。只、顔から体全てが異様な程に熱くて、震え出してしまう。冷泉のもう片方の手が動く気配に、旭は顔を背け身を更に縮こませた。  強く瞼を閉じる旭へ、上げ掛けた手を下ろし、冷泉は背を向けた。離れゆく影に、徐に瞼を開く旭。 「あ、あの……っ」  冷泉は、旭へ背を向けたまま筝の方へ歩み寄る。腰を下ろすも、旭へ顔を向ける事は無く。 「又の機会を、御待ちしております」  変わらぬ静かな声に、旭は襖を開く。 「し、失礼致す……っ」  廊下を駆ける音が徐々に遠ざかるのが、冷泉の耳へ届く。ひとり残った部屋に、冷泉の深い溜め息が響いたのだった。  其の後の旭も。後宮の廊下を駆け、待機していた護衛の青年すら通り抜ける勢いで足を進める。護衛は驚きながらも、其の後を追った。とは言え粗方の愚痴を聞かされていたので、又何やら怖い思いをなされたかと。しかし、執務室にて腰を下ろす迄は整っても、中々筆を取れぬままで。先程の不思議な感覚と、冷泉の瞳が蘇る。一体、何だと言うのだろう。混乱する旭は、机上へと突っ伏してしまう。  鋭く美麗な瞳が、酷く寂しげに憂えていたから。まるで、己が責められている様にも思えてしまった。 「何か、言いたい事があったのかな……」  突っ伏した体を徐に上げる。そうだ。側室も選べる己と冷泉とでは、置かれる環境が全く違う。何の自由も無い、鳥籠に無理矢理放り込まれたも同じ。
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