『和泉の君』様、攻略の道。

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 冷泉は丁寧な一礼とそんな言葉を答えとした。公務の時が迫っているので、取り敢えず旭も朝餉へ箸を伸ばす。が、更に上乗せされた課題へ頭はいっぱいであったという。  其の後。公務の為に筆は取るも、やはり例の課題が心に支えたまま。現存する絵となると、最近は専ら推しである蛍の君とあずき姫のものしか無い。冷泉が和泉の君へ似ているので、何となく其の二者ばかりを描いたものを見せる事には気を使う。頭を抱えていた旭だが。 「そう言えば、百合に描いた和泉の君が……」  旭は独り言の後、執務室の一角に置いていた御所より運ばれた私物を漁り出した。個人的なものを侍従等に任せる事に気恥ずかしさがあり、予め己だけしか触れられぬ様に避けておいたものだ。其れ等は、公務の資料という事で此処にある筈と。 「あった……!」  旭は、安堵と嬉しさのあまり其の一枚の絵を手に一言。其れは、百合の為に練習を重ね描いた『和泉の君』。護謨(ごむ)にて修正がしやすいように、黒鉛の筆で描いた下絵。まだ墨を入れていないので、何とかなろう。此れに手を加え、冷泉へ似せて紹介しようと。きっと、悪い空気にはなるまい。  解決に一先ず落ち着き、旭は漸く穏やかな表情で公務に掛かり出した。処で。 「皇子様。瑠璃様がいらっしゃいました」  部屋を守る護衛の声だ。とは言え、昨日も来た筈だがと旭は小首を傾げつつ。 「通してくれ」  仕事であるならば仕方あるまい。只、又何か下らない話となるならば、さっさと切り上げて貰わねば。本日は絵の手直しも控えているので、忙しいのだと。  静かに開かれた襖。瑠璃が淑やかに足を進める気配が近付く。旭は、昨日と同じく筆の先を見詰めたまま迎える。
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