『和泉の君』様、攻略の道。

9/12

103人が本棚に入れています
本棚に追加
/187ページ
 旭は、緊張しつつも上へと腰を下ろした。何気に冷泉は何をしていたのだろうかと、軽く部屋へ視線をやると見台にある書が目に入った。 「あ、書を読まれていたのですか」 「ええ。特にする事もありませぬで」  暗に退屈だと意見されたのだろうか。確かに、旭も冷泉の現状は何か考えねばとは思って居るが。 「あっ、あの……絵を御持ち致しましたよ」  一先ず今は、話題を変えようと手にあった薄い木箱を冷泉へ差し出した。緊張から、少し固い笑顔はではあるが。其れを受け取り、頭を下げて答える冷泉。 「何と、嬉しゅう御座いまする。では、拝見致します」  冷泉が、木箱の蓋へ手を掛けた。旭には、緊張の一瞬。と、空けた蓋を手に、冷泉は瞳へと飛び込んだ絵に固まっている様子。此れに旭は、何か不備がと固唾を飲んだ。出来はそう酷くは無い筈。其れに、予め己れが描く絵の系統も紹介していた。だが、東宮妃の気に障るものとなったのか。不安に嫌な汗が出てくる旭であったが。 「此れは、私に御座いますか」  静かな問い掛け。旭の肩が跳ねる。 「はっ、はいっ。あの、み、未熟で、お、お恥ずかしい限り……っ」 「公務の合間に、描かれたのですか?」 「あ、や……まぁ、けれど其の、墨を入れる迄は時が無く……申し訳、無い……」  冷泉は、戯画として表現された己の絵を手に取り改めて見詰める。東の装束を纏った、現在の己が龍笛を手に佇む姿を。  旭はと言うと、何か言うてくれと恐る恐る俯けた顔を上げて見る。すると、絵を見詰め微笑む冷泉が視界へ入った瞬間に、旭の胸は跳ねる様に大きく鳴ったのだ。昨日と同じ。冷泉の厳格で鋭い瞳が、余りにも優しく見えて。しかし、何故己の未熟で平凡な絵を眺め、そんな表情をするのだろうかと。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

103人が本棚に入れています
本棚に追加