103人が本棚に入れています
本棚に追加
/187ページ
が。響いた冷泉の咳払いに旭も我に返る。
「御見事に御座いまする。只、此処迄美化されますと……少々照れますな」
言いながら、其の表情からは先程の微笑みは消えていた。けれど、雰囲気を見る限り満更では無い様子に、旭は小さく吹き出してしまう。気が付いた冷泉が、眉を潜め絵から旭へと顔を向けて。
「皇子……如何になさいましたか?」
鋭く光る瞳に、忘れていた緊張を取り戻した旭。
「えっ、あ、いえっ……美化はしておりませぬ。私の絵で冷泉殿を描くと、そうなりますので……っ」
冷泉は、旭の引きつった笑みを暫し無言で見詰めていたが。再び咳払いを。
「そうですか……では、此方は私が頂いても宜しいのですね」
「あ、えっ……」
旭が戸惑う様に、冷泉の眉が僅かに動いた。
「いけないのですか」
「いや、しかし……未完ですが」
旭には、此処が不満と。時が許さず、黒鉛の筆のみで仕上げた所謂下書きの様なものだ。端くれとは言え、絵を描く者として其れを贈り物とするのはどうかと。しかし。
「構いませぬ。私は、此れが欲しいのです……宜しいでしょうか」
先程の柔らかで優しい瞳は幻か。やはり、此の強い瞳には圧を感じると喉を鳴らす旭。
「は、はいっ。そんなもので、宜しければっ」
「有り難き幸せに御座います」
旭の了承に、冷泉は拝し改めて礼を述べたのだった。形的にはとても敬われている気はするのだが、やはり強気に出られぬ旭。
此の度は、冷泉が後宮の出入り口迄見送りに出てくれた。
最初のコメントを投稿しよう!