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「皇子。真に嬉しゅう御座いました。大切に致します」
冷泉から、又も礼が。まだ些か分かりにくいが、取り敢えず喜んでくれたのだろうと判断した旭。振り返り笑って見せるも、ひとつやはりどうしても心にひっ掛かる事が。
「あの、でも……やはり、又時が許せば少しずつ墨も入れまする。又お貸し下さるか」
誰かへ贈るならば、やはり描き上げたいと生真面目が出る。冷泉はそんな旭へ、一瞬だけ口元を緩めて。
「畏まりました。では、又皇子より御声掛け頂きましたらば……御忙しいとは思いますが、御自愛を」
「有り難う」
どうなる事やと思ったが、穏やかに良好に過ぎた難題へ旭の気分は晴れやか。後宮の廊下へ、悠々と足を進める旭。徐に顔を上げた冷泉は、其の背を和やかな表情で見送る。だが、ふと廊下の先を鋭く見据える一瞬があった。其の場に佇んだまま、暫く静かな廊下を見詰める冷泉であったが、其の背後より。
「――あの、東宮妃様……?如何なされましたか」
声に気が付いた冷泉が、皐月を振り返った。
「あ……いえ。皇子は御優しいのですね。御多忙で在られるのに、私の為に時を割いて下さった……私も、精一杯お仕えせねば」
皐月は、此れに笑みを浮かべた。我が子の如く見守って来た旭へ、そんな思いを冷泉が抱いてくれている事が嬉しくて。
其の場で、厳かに頭を下げる。
「東宮妃様。実は私、東宮妃様がもう少し自由な動きが許される様にと、帝へ御願いを致しました」
「何と……」
そんな打ち明けに、冷泉は素直に驚いた。
「今後を皇子様とも話し合われると、前向きな御言葉を頂けましたので……もう暫く御辛抱下さいませ」
冷泉が、神妙に皐月へと頭を下げた。
「御気遣い、痛み入りまする。実の処私も、今よりもう少し皇子のお側にお仕え出来ればと……時を待つ事に致します」
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