後宮の花。

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 そう言って、微笑んだ冷泉。先程迄無表情で話して居たと言うのに、此れは不意打ちであった。旭の顔に、熱が籠り出す。強面である癖に、何故こんなにも優しく麗しい笑みがつくれるのだと。旭は、顔を背ける様に飯椀を手に取った。 「で、では、又っ、必ず……ええっ!」  早々に会話を打ち切り、飯をかきこむ姿。笑顔を流された冷泉は眉を潜めたのだが、軽い溜め息の後己も再び食事へと手を進めたのだった。  其の後。執務室にて、本日も真面目に成すべき事をこなしていた旭。であったのだが、手透きにあるものを手にして険しい表情を浮かべていた。 「――こ、此れは、冷泉殿は関係無いんだ……瑠璃殿が煩いし、百合も勝手に置いてくし……」  ひとりの空間にて、誰へ聞かせているのか。執務室の机上へ旭が広げたるは、『あづき姫の恋日記。和泉の君編』第一巻。此方は、妹百合が兄へも和泉の君を知って頂きたいと、嫁入りの前日に贈られた有無を言わさぬ置き土産である。  別に冷泉が気になるだとか、冷泉が和泉の君と似ているだとかも関係無い。やはり此方へも目を通さねば、夢紫氏の真の支持者とは言えぬだろう。そう、其の自尊心からであると旭は表情を引き締めた。心で蛍の君へ寄り添うあづき姫へ詫び、いざと旭は初めて其れの頁へ目を向けた。  内容は勿論、あづき姫が和泉の君へ心を傾けていく過程が綴られる。分岐点前の巻で、初見が悪印象となった和泉の君による他者への高圧的な態度、其の在り方が影響した生い立ち等が其の巻より紐解かれ、真の姿はとても繊細で一途な貴公子である事が描かれていた。  当初気が進まなかった旭だが、物語を読み進める内に頁を捲る手が止まらなくなる。百合が紹介がてら置いて行った分は、まだあづき姫との恋が動き出したばかりの処。和泉を認めつつも、歯に衣着せぬ物言いへ意地を張り、すれ違いが屡々のあづき。其れでもあづきは、時折己へ見せる不器用な優しさに戸惑い胸を鳴らし。はてさてと、気になる処で止められていたという。
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