後宮の花。

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 冷泉の方へと少し歩み寄る旭。此れに皐月は、安心した様に一度頭を下げた後で席を外した様だ。  旭は、冷泉の隣で佇み庭を見渡した。此の庭で最も目につくのは、やはり百合の花。 「百合か……季節ですな。冷泉殿は、百合を好まれますか?」  旭から何気に振ってみる話題。其れは、今回初めて自然に出た声であった。純粋に、冷泉と会話をしてみたいと。冷泉も、心成しか表情が柔らかに見える。 「特に此れとはなりませぬが、美しく高潔であるとは。皇子は?」  当然来る問い返し。旭は、少々恥じらう様に苦笑い。 「私は、其の……幼き頃より果実がなる樹が、桃等花も美しく……えっと、実は美味くと」  風雅処か、色気も何も無い。しかし、其れを素直に口にしてしまう旭へ、冷泉は表情を和らげた。 「美味ですな。桃の実は、私も好みますよ」  そんな言葉に、旭は妙に嬉しくなった。冷泉へ一歩歩み寄る旭の足。 「そうでしたか。では、冷泉殿が最も好む草花は?」  弾んだ会話に乗って。冷泉は、少し考えると。 「好むともうしますか……咲けば必ず目につくのは、末摘花になりますか」  末摘花。其れは、瑠璃が参考にと持ってきた和泉の君の紹介欄へ記された、好む花である。  此れに旭は。 「ええっ……!?」  身は僅かに前のめり、驚きに思わず声をも上げてしまう。が、当然冷泉も此の反応に驚き目を丸くさせ。 「な、何か……?」  となる。旭は、徐に身を戻しひとつ咳払い。 「あれも、愛らしく美しくありますなっ」  何事も無かったが如く一先ず繕ってみた。眉間へ皺を寄せる冷泉であったが、再び口を開いて。 「ええ……鮮やかに咲いて、とても素直に美しく己を主張する……忌々しい程に」
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