やって来た東宮妃。

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 あっさりとはね除ける旭。であったが、ふと何かを思い付いた様に空を見詰めた。 「あ。いや……凄く幼い頃に、とても愛らしい姫を見掛け思い切って……描いた絵を贈った記憶が……」  此れに、鑑は瞳を輝かせた。来た、と。此処で畳み掛け様と前のめりに旭へ迫る。 「其れだっ!其の感覚だっ!なんだなんだ、幼子の内に女を見初めるとはやりおるではないか……どんな女子だ。まさか、年上か?其の頃に、胸に膨らみはあったか?」  顔の広い己が其の者を探して進ぜようと、旭の肩を抱き記憶を促す。が、旭はというと。 「何処で見たか等は朧気だ。只、とても愛らしかった……最初で最後の勇気さ」  気恥ずかしさに旭は照れ笑い。だが鑑の肩は落ちる。流石に、其の程度の情報では見付けられぬと 「もっと真剣に思い出してみろっ。いいか、旭。紙に描かれた女は、お前の子を産んではくれぬのだぞ」  等と説教に掛かった鑑へ、旭は鋭く睨む。 「よせっ。あづき姫に斯様ないかがわしい思いは無い……!何より、彼女は『蛍(ホタル)の君』と結ばれるのだからな。蛍の君こそ完璧な男子だ。顔良し、頭良し、優しく、強く、雅やか……あづき姫に、最も相応しい男だ」  全く違う方向を熱く語る旭へ、鑑は素直に引いていた。  問題の其れはというと。現在、東西で一等の人気を誇る戯画付きの読本『あづき姫の恋日記』である。恋愛模擬の要素を取り入れた今迄の読本に無い型のもので、二巻以降よりひとつの話が二冊に分けられている。主人公の選択により、恋の運命が変わってゆくという嗜好が目を引いた様であった。描かれる作者の美麗な戯画も追い風となり、忽ち恋に恋する世代から、遠退いた恋を懐かしみ、思い馳せる世代迄と多くの乙女を魅了、虜にしてしまったのだ。更には、二人の相手役のどちらを推すかの派閥も仕上がり、激しい議論迄もが展開される場があるとか無いとか。そして其の勢いは、旭の様に姉妹や恋人へ紹介され男子迄にも及び出したと言う。先に西で起こった其の旋風は、遂に東へも勢い其のまま吹き荒れたと。
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