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納得なされたかと、旭は然り気無く冷泉の表情を伺ってみた。すると。
「左様に御座いましたか。すべき事を成して居るならば……呼ばずとも必要以上に寄る者より、声を待つとは規律を重んじる心がある。生真面目そうな雰囲気はありましたし、職務へ情熱を持つのは感心です」
冷泉の其の言葉には、薺を認める思いが伝わった。納得し、其の表情も和らいでいる事に旭も一先ず安堵。しかし、情熱とは。確かに薺には、其れが強くありそうだ。其の源は、誉めて良いのか悩ましいが。
旭は、此の辺りで此の話は置こうと。
「しかし、私と来たら……気が揺るんで居りますな。お恥ずかしい限りで……」
置いた処で、出る話題は自虐。しかし、冷泉を意識してしまう話題よりはと。
冷泉は、そんな旭へ表情を引き締めた。此れに、旭が息を飲む。又御叱りを受けるかと。処が。
「皇子は御優しいので、其れだけ此の東宮御所へ仕える臣下の方々を信じて居られるのでしょう……其れは皇子にしか出来ぬ、素晴らしい事です」
そんな事を。旭は、先程漸く引いた熱が又顔へ昇る気がした。
「そう、ですかな……」
「ええ。だから、そんな皇子を御守りする者も多く居ります……私も、必ず皇子を御守り致します故」
更に熱くなる顔に、鼓動迄上がる。何だと言うのか。読本に影響されたか、其れか薺のせいやも知れない。
「ま、真に、面目無い……」
最早冷泉を直視するのは不可能な旭は、言葉だけを発した。冷泉は、そんな旭の様子に憂えつつも頭を下げる。
「いいえ。では、お休みなさいませ」
そして、何時もの如く背を向け布団へと。旭も、消え入りそうな声で挨拶を返し同じく。しかし、何時も以上に落ち着かない寝床。其れは警戒等では無い、不可解な緊張。けれど、己は此れと似た緊張を知っている気がする。何時、何処で、分からない。気のせいなのか。
旭は、冷泉の寝息が聞こえてもまだ眠る事は出来なかった。
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