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瑠璃が落ち込んでいる隙に、一先ず気を落ち着け咳払いをする旭。
「取り敢えず落ち着け。其の官吏も冷泉殿へ、御用があったのやも知れぬだろう」
そう冷静に宥める言葉を掛けると、瑠璃が顔を上げた。其の表情は、苛立ちも見えて些か険しい様子。
「そんな訳無いでしょうっ。何故わざわざ、本日より御公務に挑まれた東宮妃様へ、書類の点検等依頼するのっ」
何と、書類の点検を依頼したと。確かに、不自然である。旭の胸は、又鼓動を早めた。
「……い、『和泉の君』の支持者だろうか……?」
瑠璃が旭の執務机へ拳を振り落とした。予期せぬ音と其の行動へ、驚いた旭の身が後方へ引く。
「絶対そうよっ。あの笑顔は、間違いなくてよっ……全く、油断も隙もない。やはり東宮妃様の支持者は、男女共に多く居る様ねっ」
かなりの御立腹だ。旭は言葉が見付からず、沈黙していたが。
「旭……貴方の気持ちも分かるのよ。『蛍の君』様の支持をする貴方が、恋敵となる『和泉の君』と分かり合えと責められる苦悩が」
憂え、旭の心を案じる瑠璃の言葉。己に置き換えると、時を要する程に複雑なものと理解あるからだ。しかし、旭は此の気遣いへ顔が熱くなる。
そうだ。最近の己は、何故か『蛍』より『和泉』の行く先に関心を持っている。誰にも言えぬが実は、『和泉の君編』の現在刊行分の続巻を、密に取り寄せる手配もしてしまったのだ。
「べっ、別にっ……そもそも、冷泉殿は和泉の君では無いし……」
そう出る声も些か控えめ。が、此れに瑠璃は何故か強い眼差しで旭の両肩を掴んだ。神妙な表情で、確りと上半身を固定される形となった旭は息を飲む。
「そう。東宮妃様は、和泉の君様ではないわ。貴方の意識がそうであるなら、きっと成せるわ」
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