真の推しとは。

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 其れは、僅かに潜めた声。心当たりある旭の表情は、仄かに赤みを射しつつ明るくなった。思わず、己から襖の方へと足を進めて。旭が一呼吸置き襖を開けると、白羽が手にある包みを旭へと厳かに差し出す。 「あの、誰にも……?」  軽く廊下を眺め、小声の確認。白羽は笑みを浮かべて。 「勿論に御座います」  白羽がそう言うならば、問題無いだろう。其の安堵感に表情を和ませた旭は頷く。 「有り難う」  そう一言告げ早々に部屋の奥へ。旭は、手に持つ包みを緊張気味に執務机へ置き広げた。其れは何と、『あづき姫』の『和泉の君編』現在刊行分の続編である。漸く届いたと、旭は其の表紙を前に固唾を飲む。何故だろうか、良くない事をしている訳でも無いのに。 「べ、別に、蛍の君を裏切る訳ではない……目を通さねば、な……」  誰に語るでもない、言い訳の如く出た独り言。思い切った旭は、恐る恐る其の頁を捲って。其処からは、もう其の物語へ心囚われる。執務の小休止とするつもりが、結構な勢いで読み進めてしまいと。  互いに意識し合う描写に、恋に動きがありそうな予感を思わせる。甘酸っぱい触れ合いは歯がゆくも、締め付ける胸の疼きは何処か心地好く。処が其の終盤にあづきは、和泉の君には、過去より引きずる恋があるのだと恋敵へ知らされると云う。と、此処で続刊を待たれよと。 「――なっ、何足る……どうなると言うのだ……っ」  読本を握り締め、絞り出す様な突っ込みが出てしまった程で。そんな己へ気恥ずかしさを覚えた旭は、咳払いの後で取り敢えず肩の力を抜いて読本を閉じた。そして、密に取り寄せた其の『和泉の君編』は書棚の一番端の目立たぬ処へと隠す様に仕舞う。ふと、其の側にも置く読本が目に入る。其れは、『蛍の君編』。
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