真の推しとは。

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「あ……最近、読んで無かったな……」  妙な罪悪感に、旭はそちらの読本を手にする。以前は、続刊の発売迄暇があれば広げていた『蛍の君編』。最近は、手に取る処か忘れても居た程。旭は、『蛍の君編』を手に複雑な表情で机の方へ腰を下ろした。其れの頁を捲ると、何度も読み返す程好んだあづきと蛍の恋模様が。穏やかで優しい蛍の君は、素直にあづきへ愛を表現してくれる。此の暖かな恋が癒しであった。しかし、此方も山あり谷ありだ。蛍の方は、互いの思いは早くに自覚するも蛍の家族や、許嫁の存在があづきに試練を与える傾向が。共に乗り越え様とするも、時にすれ違う二人をはらはらしつつも心より応援していた。  なのに。 「何故だろう……」  思わず溢れた、己へ問うかの如く思い。今旭の日々に、此の何より愛した『蛍の君編』が二の次なのだ。ならば『和泉の君編』が其れより上になるかと言われると、其れも又違う。其の物語へ一喜一憂し、夢現に思いを馳せるは同じ。多忙な中、隙あらば読本を広げたり、絵を描いたり。此の世界には、己の大きな憧れが在ったから。其れが、冷泉との婚姻以降から読本を広げる時が減っていた。多忙は勿論、婚儀以降は此の世界が更に現と遠く感じて。  旭は、読本の挿し絵がある頁を開いた。美しい貴公子、蛍の君と寄り添う愛らしく魅力溢れる姫、あづきの姿を瞳に映す。此れを眺めて。 「理想、か……」  そんな心の声を呟く。父母も政略婚ながら、恋し愛し合い、ずっと仲睦まじくて、唯一無二であった。何でも、父は幼き頃より母を見初めていたとか。己は、婚儀も済ませ伴侶も持つ身だと言うのに全く其の実感が無いのだ。其の伴侶があまりにも眩し過ぎるが故に、遠く見えて一歩も踏み出せぬからだろう。誰がどう見ても不釣り合いで、政略婚宜しくといった夫夫で。
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