真の推しとは。

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 出た声は頼りなく、恐る恐ると訊ねてみるも。 「何がでしょうか」  返って来た声は、素っ気なく聞こえた。更に、顔は愚か視線すらも向けてはくれぬ冷泉。こんな事は、初めてであると。気にはなるが、冷泉へ斯様な態度で表されると旭は益々萎縮してしまい。 「や……えっと……何も……お、お休みなさい……」  冷泉は、やはり視線は合わせず。しかし、丁寧に改まって。 「お休みなさいませ」  頭は下げてくれた。妙に重い雰囲気以外の行動は何時も通りなのだが。旭は、背を向けて寝転ぶ冷泉を一瞥し、己も布団へ潜り背を向ける。やはり、昼間の態度が尾を引いたのかと。己が詫びるべきなのか。いやしかし、亭主は己であると言う、自尊心も息絶え絶えながら生きているのだ。此処で折れては、威厳も何も放棄する事になる。せめて、対等であらねばと。出た結論へ旭は、縮こまった身ながら拳を握り締めた。明日、思い切って聞いてみようと。決意の後で、其のまま眠りへと。昼寝もしたのだが、やはり常ある気疲れか。心定まれば、単純な旭は容易く微睡みへ。  しかし、一方の冷泉。旭へ背を向け眠りに着くつもりが、眠ろうとすればする程眠気は遠退く。諦めた様に閉じた瞼をゆっくり開けば、変わらぬ御帳の景色が闇の中うっすらと。最早寝息を立てている旭へ気が付き、思わず背を向けた身をそちらへ。 「昼間、深く眠って居られたのに……」  思わずの声が。冷泉は徐に身を起こした。闇の中、形位しか分からぬ旭を見詰める冷泉の瞳は酷く憂えて。触れようと伸ばした手が、躊躇い止まる。 「貴方の中に私は、もう何処にも居らぬのだな……」  静かに呟かれた言葉は、溜め息交じりの哀しげな声であった。
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