紅に染めてし心。

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 次の日。朝餉の時が来ても、冷泉の膳が用意されない。旭が怪訝に思っていると、旭の膳の支度を終えた給仕が手を付き頭を下げた。 「――皇子様。本日、東宮妃様は朝の鍛練に時を掛けすぎたとの事。皇子様は、お先に御召し上がり下さいませ」  何と。本日は、冷泉がいないとな。旭の表情は、少々複雑なものへ。昨夜の事に、顔を合わせ辛かったのは本音だ。しかし、昨夜決意した様に、冷泉へ昨夜の振る舞いの是非を問う勢いが削がれたと。 「そう、か……では、頂きます……」  安堵する思いもあれば、胸の奥は霧が掛かった様に晴れやかではない。よもや、避けられて居るのではと。そんな不安のせいか、本日は妙に食が進まぬ旭であった。  旭が朝餉を終え、公務へ向かって暫く。冷泉も少し遅めの朝餉となった。部屋にて一人、静かな食事を終えた冷泉は食後に軽く運動と庭へ。  日除けの傘をと、侍女が冷泉の共を願い出るも丁重に断った。己で傘を持つ位手間は無い。其れに、冷泉は己へ寄る者には最早欲も湧かぬ処か辟易なのだ。  庭へとひとり出て来た冷泉は、雨が遠退いた季節の爽やかな空を見上げる。明るく眩しい日の光。昼が来る迄に、更に強く照らす事だろう。 「蛍、か……」  そんな独り言は、酷く沈んだ声で。冷泉が口にした蛍。其れは、季節を彩る光を指すのか。  いや。昨日の昼間に見た、旭が腕の下に敷いていたもの。あの頁を目にした瞬間、冷泉の心の臓が酷く嫌な音を立てたのだ。そして、其れは旭への身勝手な意地へと変わってしまい。
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