紅に染めてし心。

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 冷泉は、暫しぼんやりとしたまま。ふと吹いた風の心地よさに、漸く我に返る。こうしていても仕方あるまい、授けられた公務に掛かろうかと。一歩進めた足、其れは其処で再び止まる。水面へと映った己の姿形。そして出てしまう、深い溜め息。 「何故私は、こうなのだろう……」  静かに出た溜め息と共に、そんな言葉。其れは、苛立ちと憂えも籠る。漸く進んだ足は、まだ重かった。  冷泉は私室にて執務を行っていた。とは言え、冷泉にとっては容易い基本的なもので直ぐに片が付いてしまった。筆を置き、此れを旭へ届けねばと頭では思うも身が重く。そんな私室の襖の方より。 「――東宮妃様。失礼させて頂きまする」  皐月の声であった。入室を許した冷泉の声の後で、襖の開く音が。皐月は、一度拝をすると奥へと足を進めて。 「どうかなされましたか」  静かに問う冷泉へ、皐月は再び手を付き頭を下げた後で懐より書簡を取り出した。 「東宮妃様。此方は帝より、皇子様との御公務についてのものに御座いまする」  厳かに差し出された其れを、冷泉は手にしつつ目を丸くさせた。 「皇子と……?」  皐月は、頷く様に頭を下げる。 「は。近く都より少々離れた、地方の民の方々へも婚礼の報告も兼ねて」  其の答えに、冷泉は成る程と頷く。つまり、西より参った東宮妃の御披露目であろう。己等にとって公務であるが、民達にとっては一種の催事でもある。次期帝と成り得る旭の心象の為にも、確かな結果を残さねばならぬと冷泉は気を引き締めた。  徐に、其の書簡を広げ読み進める。佳宵より、冷泉への挨拶に始まり、此度の公務について。日、時、処が記され、何卒頼むと。目を通し終え、冷泉は丁寧に其の書簡を折り畳む。
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