紅に染めてし心。

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「いえ、まぁ、其れなりには……ですが、御心配には至りませぬよ」  気遣いに笑みを浮かべる旭だが、正直体には倦怠感がまだあった。寝不足が尾を引いたかと悔いるも、馬車へ乗り込んだ以上は成さねばならぬと気を引き締める。 「そろそろか……本日も、宜しくお願い致します」  近付いて来た歓声が耳へ届くと、旭が笑って会釈を。冷泉は、まだ旭の顔色が気になっていたのだが。 「御意に」  静かに頭を下げ、了承を示した。此れに、旭は自嘲する。こんなやり取りもまるで主君と家臣、義務の枠におさまる他人の如く。果たして、夫夫と呼べるのだろうか等と。  辿り着いた町では、馬車が姿を見せた瞬間から大層な歓迎を受けた旭と冷泉。早くより集まり待ち望んでいた民達の、大地も震える程の歓声が先ず耳へ。興奮し前のめりに手を振る者等を、懸命に警備担当の役人が境を超えぬ様に支える姿も又。何より、女性による悲鳴の如く歓声が多いこと。噂は最早届いて居ろう。そう、『和泉の君』様が東へお出でなすったと。冷泉が微笑み品良く手を振る姿を見せれば、其の場で失神する者も。旭は旭で複雑なもの。己はやはり引き立て役であると、笑顔の下で。  旭と冷泉。揃っての公務は良いものであった。民達の熱狂振りも然り、場は大盛り上がり、経済効果も勿論。西より冷泉の追っ掛けも駆け付けていたらしく、近隣の町の宿迄流れ、満室であったとか何とか。  そんな大仕事を成し得、漸く御所へと。馬車へ乗り込むと、又双方静かな空間へ身を委ねていた。同じ道程を行く馬車の蹄と車輪が回る音。其れは、何れ程か。互いに両側の窓を其々眺めていたが、ふと肩へ掛かった重みに冷泉が隣を見た。旭が、己の肩へ寄りかかり俯いている。
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