紅に染めてし心。

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「貴方の御立場で在られたら、決して斯様な無様は晒さぬでしょう……あるまじき失態ですものな。いっそ、そう言うて下さる方が楽だ……っ」  止めなければ、頭ではそう弱気な己が警鐘をならすも今の精神状態がそう出来ない。どう跑こうとも敵わぬ相手へ、己は何を謳うて居るのか。こんな感情は、旭にとって初めて湧き出るものであった。  冷泉も、暫し言葉を発しなかったがひとつ深い息の後で。 「皇子。私は思う事を口にして居ります。何が御不満か」  冷泉にとっては素直な思いを口にしただけ、と。しかし、今の旭に此れは適当ではない言葉だった。 「止めてくれ……!」  表へ控える者を気にしつつも、そう出た声は憤りが込められ、叫ぶ様にも感じられた。冷泉はと言うと、特に表情を変える事無く旭を見据える。   「っ……貴方の様に有能で華のある御方が、義務で私の元へ来られた事は気の毒だ。理解している。だが、其の無理矢理の気遣いは止めてくれ……貴方には分からぬだろうが、生まれに相応しい力も華も持たぬ者も居るのだっ。其れを理解している私には、貴方の言葉は酷く傷付くのですよ……!」  溢れる冷泉への妬み嫉み、劣等感。旭は、最早途中で止められず吐き出してしまった。冷泉から顔を背け、旭の鼻を啜る音が部屋へ響く。暫し、二人の間に声は無く沈黙が続いたのだが。 「傷、とな……」  冷泉の呟く様な言葉。其の声が異様な程に低く冷たく聞こえ、旭の肩が跳ねた。恐る恐る傍らの冷泉へ目を向けると、息が止まりそうに。何と鋭く強い瞳で旭を見詰め、いや。睨んでおいでだと。旭は冷泉の逆鱗に振れてしまったかと、今度は違った思いに涙目となる。謝らねば、此処はもう拝をすべきかと旭の手が地へ付き掛けたが。 「失礼致す」
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