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俺は咄嗟に顔を隠そうとしたが遅かった。逃げようとする俺の顔を桜木は両手で優しく包み込んだ。その手のぬくもりと、真正面から見つめる優しい瞳に、俺はすっかり魅入ってしまった。
「またマッサージしてあげるから、ちょっとそっちの寝台に移ろうか?」
桜木は俺の手を優しく握ってエスコートした。俺は抵抗を示したが、泣き腫らした目に気付かれた羞恥で、思うように力が入らない。
「──ほら、寝て」
と、寝台にそっと転がされてふんわりと優しく頭を撫でられる。その手に頬を刷り寄せたい衝動に駆られたが必死で我慢した。そして、桜木の顔をちらりと見上げると、優しい黒瞳に俺を映して、桜木は柔らかく微笑んでくれた。
俺はこの笑顔を見るだけで幸せだ。ずっと俺だけに見せてくれたらいいのに……。
「前回使ったラベンダーのフローラルウォーターが確かまだあったよね」
俺は奴の綺麗な顔をずっと見ていたくて、返事もせずに凝視していたが、桜木はあっさり視線を外し、踵を返してしまった。そして、勝手知ったる俺の部屋の小型冷蔵庫からフローラルウォーターを出して来た。それをコットンに染み込ませ、桜木は俺の目に優しく充てた。
冷やりとした感触とラベンダーの香りに、俺は強張った身体を緩めた。
「じゃあ、アロマトリートメントもしてあげるから、ちょっと待ってて」
頭をわしゃわしゃと撫で付けられ、耳朶に優しい吐息を感じた。いつ聞いても心地の良いヴァリトンボイスだ。
この声が女の耳元で囁かれるのかと思うと、俺は嫉妬で狂いそうだった。
やっぱり桜木を諦めるなんて俺には出来そうにない。
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