摩矢episode3 ~救い~

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摩矢episode3 ~救い~

 俺はいつものサイトを開き、キーボードを叩き始めた。    このサイトは俺が桜木に対する想いの丈をぶちまけている場所だ。  本当は小説などの一次創作を投稿するサイトだが、俺はそこでゴミのような糞詩(ポエム)を投稿している。  今日も一心不乱に失恋の痛手を詩に載せた。こうして少しでも痛みを昇華しないと、いつしか誰かを刺し殺してしまいそうで怖い。ただ、ただ、その苦しみだけを言葉に変えて詩を作る。だから、俺の詩は全て陰気で薄暗い、吐き気を催すような作品ばかりが連なっている。そのせいかそんな酷い詩を見に来る 閲覧者はほぼいない。だが、それでも奇特な変人が世の中にはいるらしく、こんな糞作品をお気に入り登録する馬鹿がたった一人だけいた。きっといかれた感性の変態野郎に違いないが、俺はその一人にいつも助けられていた。  顔も名前も知らない奴なのに、俺が投稿するといつも感想メッセージを送ってくれる。相手は俺の事を女だと思っているようだが、文面から察するに、出会いを求めるエロ変態ではないようだった。  相手は純粋に、そして正確に、俺の胸の痛みを感じ取ってくれていた。こんなマイナス思念と怨念の籠った詩から、それを感じ取るなんて別の意味でかなりの奇人変人だと思うが、俺はその一人の存在で救われていた。  ──カツン!  と、最後のenterキーを押し、俺は少しだけ正気を取り戻した。何とか痛みを詩に移し代えることが出来たからだ。だが、その名残として、俺の顔はすっかり涙で濡れていた。  一息ついて汚れた顔を拭き取ると、少し落ち着いてきた。これも毎度のことだ。しかし、これから先もずっとこんなことを続けるのかと思うと流石に嫌になってくる。  屋根裏部屋には時計の音だけが虚しく響いていた。  俺は頬を両手で叩き、自分を奮い立たせた。そして、パソコンの脇に置いてある製作途中の刺繍へと手を伸ばした。  感情や思考が暴走しそうな時は、手先の作業に集中するに限る。だから、俺は学校から帰った後の殆どの時間を刺繍に費やしている。始めたのは小学生の頃からだから、無駄に部屋中が刺繍作品で埋め尽くされている。  見る人によっては単なる刺繍好きにしか見えないだろうが、俺にとっては桜木に対する想いを吹っ切るための代替え品だ。目の前の針と布に集中している間だけが、桜木に対する想いを小さくできた。
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