うらぎりもの 前編

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アンジュとムスカリの二人は, そびえ立つ壁を見ていた。 「 随分立派な街ですね」 「...ああ, そうだな。 行くぞ, アン。」 「あっ, 待ってくださいっ」 先に歩き出したムスカリを小走りで追う。 と, 街の入り口に衛兵が立っているのが見えた。 自分を示し,目的を伝えると,すぐに許可が下りた。 二人が門をくぐると, ちょうど市場が開かれていて, 活気が二人を包んだ。野菜を売る店,肉の計り売りをする店,掘り出し物を売る少し怪しげな店など,様々な店が並び,大通りは人でごったがえしていた。 とりあえず, この町の教会へと足を運ぶが, 二人を見た商人たちが, 品物を見せてきたり, 手を絡めてきたりと引き止めようとするので, 随分時間を取ってしまった。 実際, アンジュが何度も細い手を掴まれたり, 品物を見せられてついつい見入ってしまったりして, それを止めるためにムスカリが苦労した,ということもあるが。 疲労困憊を今まさに体現しているムスカリとは対照的に, アンジュは名残惜しそうに市場を振り返りつつ,教会に着いた。神父に挨拶し,宿を取らせてもらう。 その後もう一度街に出て,散策していると, 不意に一人の少女に話しかけられた。 アンジュより少し年下の,長い黒髪の少女だ。 少女が少しオドオドしながら,口を開く。 「あっ,あの!聖職者様方に,ご相談がある,のですけど...」 「どうしましたか?」 尋ねると,少女は周囲を見回して, 顔を曇らせる。 「...ここじゃ,ちょっと...」 そう言って,二人を公園の,周囲に人のいないベンチに導き,話を切り出した。 「...お二人は,噂,なんですけど,教会に暗部がある,というのをお聞きになったことはありませんか?... 依頼すれば,自分に邪魔な人間を殺してくれる,という...」 「それを聞いて,どうするつもりなんですか?」 ムスカリが,一応敬語で尋ねると, 少女が震える声で答えた。 「...いなくなって欲しい人が,いるのです」 アンジュが少し目を見開く。 少女はそれに気付かず続けた。 「... その人というのは,私の,姉です...。 私,どんくさくて,いじめられていて... でも,こんなダメな私のこともかばってくれて... 本当に,大好きだったん です...あの日まで...」 「 あの日,とは?」 促され,少女が『あの日』の出来事を,ぽつぽつと話し始めた。
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