11 キセキノツバサ

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11 キセキノツバサ

 気が付くと私はベッドの上だった。胸に痛みを感じる……。そしてなんだかいつもと違う感じ。  ドクン、ドクン、ドクンと、力強い拍動。この感じ、なんだか覚えがあるような? 安心出来る……。  そっか私、心臓移植の手術を無事終えられたのかーー。無事生き延びられたという事実に安堵した。  私、生きてる!ドナーさんの心臓、ちゃんと機能してくれた。本当に本当にありがとうございました。心の中で感謝の気持ちを伝えた。 □ □ □  そして私の新たな人生が始まったのだったが……。そこに翼の姿はない。 「ママ、翼は?最近全然見舞いに来てくれないんだけど?」 「そのことなんだけど、実は翼、交通事故で亡くなったの……。ちゃんと伝えてあげられなくてごめんね。手術前に動揺させたくなくてどうしても言えなかった」 表情を曇らせる。 「えっ!いつ亡くなったの」 「あなたの心臓移植が行われたのと同じ日よ」 「そんな!」 目を見開き呆然となった。嘘だよね? そんなの絶対信じられないよ! 何で死んじゃったのよ。それに私の移植の日ってどういう事? 「すぐに病院に運ばれたんだけど翼、脳死だと判断されて……」 「どうして私が回復するまで延命してくれなかったのよ……。もしかしたら回復する可能性もあったかもしれない。それにちゃんとお別れも出来ないなんて」 「ツバメ、ごめんね。それが翼の意思だったから。もし自分が脳死状態になったら延命は絶対しないでほしい、心臓移植のドナーとして臓器を提供したいと言っていたから」 悲痛な表情で涙目になった。 「ツバメの闘病生活を近くで見ていたからなのね。あなたが補助心臓手術を受けた頃に万一の時はドナー提供しようと意思を固めたみたいよ……」  翼がそんな事を決めていたなんて知らなかった。 胸がキューっと締め付けられた。だけど、翼の心臓は一体誰に移植されたのだろう?  プライバシーや後のトラブルを防ぐ為にドナー側や移植者にもお互いに誰なのか知らされる事は決してない決まりがある。 でも、もしかして?という思いが湧き上がって来て心が落ち着かない。 ねえ?この心臓は翼のものなの?誰か教えて下さい!翼がくれたの? 「ママ、私のドナーってもしかして翼なんじゃ?」 「それは分からないわ。私達も誰か教えて貰っていないのよ」  結局、翼の心臓が誰に移植されたのか私の心臓が誰のものなのか知ることはなかった。 でも……。翼の亡くなった日にちとこの心臓の鼓動を考えると翼の心臓としか思えなかった。 □ □ □  ーー3年後ーー  私は毎日2回免疫抑制剤を飲む事は欠かせないが、社会復帰をする事が出来た。新たな夢も見つけ、パテシエを目指し専門学校にも通い始めた。休日には念願だった登山にもよく出かけている。  そして私はまたあのキャンプ場に来ていた。匠先生とあの時参加出来なかったさくらちゃんも一緒に。 「ツバメちゃん、この焼きもろこし美味しいね。あつっ!」 さくらちゃんは口の中を少しやけどしちゃったみたいだ。 「落ち着いて食べてよ。やけどしちゃうでしょ」 「分かってるけど、美味しくてつい急いで食べちゃった。自然の中で食事するなんて新鮮。翼君ともこうして食べたんでしょ?」 「そうだよ。あの時もとうもろこし焼いて食べて。夜は三人で花火したのを思い出した。次はさくらちゃんと四人でまた来れると思ってた……」 あの夏の事を思い出して胸がキューっと痛んだ。 「翼ともまた来たかったな……」 匠先生は手に持っていた缶ビールをぐいっと一気に飲み干した。 しんみりした雰囲気になってしまう。 さくらちゃんが意を決して声を張り上げ、 「私、ずっと気になっていたけど、聞けなかったことがあるんだけど……」 「何?」 「……。ツバメちゃんの心臓のドナーって、翼君なんだよね?」 「何でそんな事言うの?」 戸惑いの表情でさくらちゃんを見つめた。 「なんとなく。感だよ。ツバメちゃんが無意識に心臓の辺りを大事そうに手を当てる姿、何度も見かけたりした。それに翼君の命日とツバメちゃんの移植日も同じ日なんでしょ。私、密かにツバメちゃんの事がずっと羨ましかった。私、翼君が好きだったの。だけど翼君が好きなのはツバメちゃんで。心臓も翼君なのかもしれないと思うと。何で私じゃないのって…」 「ごめんね。ーー。それに私もドナーの名前は教えて貰っていないけど、多分そうなんじゃないかと思ってる」 俯いたまま呟いた。 「ううん。でもそれはもうどうにもならない事。私もあの後移植ではないけど手術を受けて体調も安定してる。未来の事もなんとなく考えれるようになってきたんだ」 と言ったさくらちゃんはスッキリとした顔をしている。 「俺は医師として翼の心臓が誰に移植されたのか、ツバメちゃんの心臓が誰のだったのかを伝える事は出来ないんだ。ごめん……。でも、ツバメちゃんにはなんとなく分かるんじゃないかな」 淡々とした口調で話す。 「!!」 涙が溢れた。胸に手を当てるとじんわりとした温かみを感じた。そして強い安心感を感じる。やっぱりそうなんだね。私はこの直感を信じよう。  翼、今まで本当にありがとう。  あの夏のキャンプ場では、年齢差や生命のリミットなどを考えてしまって気持ちを伝えるなんて出来なかった。でもその後移植を受ける事になったから思い切って告白してみたけど、先生にやんわりと断られたな。  移植やリハビリも成功し社会復帰も果たした。それにもう私は二十歳も過ぎ小児科の患者ではない。少女ではなく一人の女性として見てほしい。もう一度匠先生に告白してみようと思えた。 「もう心臓病で子どもだった私はいません。先生の事がずっと好きでした。胸に傷痕は残っているし、一生免疫抑制剤を飲み続けなければいけない身体ですが、先生の事好きなんです。私と付き合って下さい!」 匠先生の目をしっかりと見つめて気持ちを伝えた。 「俺も好きだよ。ツバメちゃんが頑張っている姿、ちゃんと見てた。実はツバメちゃんと初めて会った日から君の事は気になっていたんだ。だからまだ俺の事を好きでいてくれて嬉しいよ」 私は感極まって匠先生に抱きついた。 「これからは嬉しい事や悲しい事も一緒に歩んでいこう」  そう言った匠先生はぎゅっと抱きしめてくれた。 「良かったね。ツバメちゃん。ずっと片想いだったから」 さくらちゃんはニコニコしながら私達を見つめている。    移植前まではずっと自由に飛び回れる翼が欲しかったし、不自由な生活に悲観していた。でも、今私には奇跡の翼がある!何だって出来るはず! 完
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