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9 心臓移植
突然その日はやって来た。
バタバタという足音が響き匠先生と看護師が病室へと慌てた様子で入って来る。
「ついにドナーが見つかった! 心臓移植受けれるんだよ。良かった」
そう伝えられるが、匠先生の表情はなんだか険しいような?何故なんだろう……。それが心に何故か引っかかる。だけど、生命のタイムリミットに間に合ったという事実に安堵する自分もいた。
ドナーの方はどんな方なんだろう?手術出来るのはありがたいし、嬉しい事だけど、死を待っていたようで凄く複雑だ……。ごめんなさい。でもありがとうございます。
「今から手術に向けた準備を始めるから。ご両親の承諾も貰っている」
慌ただしく作業を始めた看護師さんを横目に、まだ心の準備が出来ず戸惑う私。
「あの、松永看護師さん、最近翼の姿を見てないけど、もしかして私の検査中とかウトウト眠ってる間に来て無かったですか?」
「うーーん。来てないみたいね。前はよくお見舞い来てたのにどうしちゃったんだろうね?」
そっか、来てないんだ。気持ちが一気に沈んだ。
「そうですか……。 心臓移植のドナーが見つかった事早く翼にも伝えたい。それに一緒にいてほしいんです」
翼に会いたい。すぐに来て!切羽詰まった思いでいるが、電話やメールにも反応は無い。
どうして連絡もしてくれないんだろう?いつ死ぬかも分からない私と一緒にいるのが負担になってしまったのかな……。悲しい気持ちになる。
手術前の時間を煩悶としたまま過ごした。
私、翼に手術する前に一目会いたいよ!もしかしたらもう最後になってしまうかもしれないよ……。何で来てくれないの? それに死ぬかもしれないのなら匠先生にも伝えたい事がある。私、大事な思いを伝えないままでいいの?
慌ただしく手術までの時刻が過ぎてゆく。母も病室に到着し、ツバメを励ますが、心ここに在らずの状態だ。
術前の様子を見に匠先生がやって来た。
「ツバメちゃん、頑張って! 俺も精一杯やるから。だから任せて。安心して手術を受けてほしい」
そう言いながら匠先生はツバメの手をギュッと握った。
「ドナーの方から頂いた大切な心臓だ。ちゃんとツバメちゃんの身体の一部となるように手術を成功させるよ」
力強いが、落ち着かせるようなゆったりとした口調。
そんな先生を見ていたら、やっぱり今伝えたい言葉があるんだ!と強く思った。勇気を出して言ってみる事にした。
「匠先生、私……。先生の事がずっと好きでした。診察中の真面目でかっこいい所とか、苦い物が嫌いで普段のかっこいい姿とギャップがある所なんかも。もし手術が成功したら付き合ってくれませんか?」
「俺の事、好きなの?」
「はい。本気です!」
頬に手を当ててしばらく黙り込んだ匠先生だったが、
「ごめん。今はその気持ちに答える事は出来ない。年齢の事もある。だけど、移植やその後のリハビリも上手くいってツバメちゃんが二十歳を過ぎてもまだ俺の事を好きでいてくれたら、その時はまた考えさせてくれないかな」
匠先生の返事はとても誠実なものだった。
そうだよね、先生からしたら私は未成年で患者だもん。だけど、いつか振り向いてくれたらいいな。
「分かりました。まだ諦めません。大切な心臓を下さったドナーさんとそのご家族の為にも手術を乗り越えてリハビリ頑張ります!そしてもう一度先生に告白しますから。ちゃんと見ていて下さい」
ドナーさんの心臓を無駄にするわけにはいかない。絶対生還して先生に振り向いてもらうんだと心に強く言い聞かせて眼を閉じる。
そして、私は手術室へと運ばれた。
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