《二五》

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 為朝は口をへの字に曲げた。鴨川を背に、為朝がしぶしぶ待機の態勢を取った時、市壁の門から進み出てくる騎馬武者が一騎あった。 「こちらは鎮西八郎為朝殿の郎党が守護なさる場所でお間違いないか」 騎馬武者が声をあげた。 「おう、俺が鎮西八郎為朝だ」 為朝は声を返した。 「お前は何者だ」  篝の届く位置まで騎馬武者が進み出てきた。太い猪首が為朝の眼を引く。為朝ほどではないが騎馬武者は立派な体躯をしていた。腰の高い位置に箙が付いている。騎馬武者の顔には悲愴な陰が差していた。 「大した手柄がないゆえ、噂に聞いたことはなかろう。当方は大将軍平清盛の身内で伊賀の住人、山田是行。年齢は二十八、鈴鹿山にてこれまで討ち取った山賊の数は多すぎて記す事もできぬほど。山野を駆け回り磨いた弓の腕、武名の誉れ高き鎮西八郎為朝殿にぶつけてみたく、清盛殿の制止を振り切り、この場に馳せ参じた」  何やら為朝は一点の汚れもない、清廉なものを浴びせかけられた気持ちになった。こういう男は嫌いではない。為朝は黒駿を前に進めた。山田是行が弓を構えた。箙から取り出した征矢を弓につがえている。  清廉な想いへの返礼だ。為朝は第一矢は山田是行に射たせてやる事にした。弦を引く腕から気迫が伝わってくる。この男はまごう事なき弓矢上手だ。矢が放たれてくる。鋭いが、放つ瞬間に少し手元が狂ったか、為朝を真ん中とするとやや左に逸れている。山田是行の矢は為朝の左の草摺に当たった。急所こそ捉えてこなかったが山田是行の弓勢は中々のもので、為朝の草摺を深く貫通していた。 「良い気迫だったが、力み過ぎたな」 言って為朝は玉風に征矢をつがえた。即座に弦を目一杯まで引き絞る。 「お前の態度が殊勝だったゆえ、特別に鎮西八郎の矢を一本くれてやる。この矢を受けた後、生きていることは決してあるまい。後生で名誉の証として差し出せ」
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