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4 離れた時間
「俺が……?」
そう厨房で絶句したのも束の間。
ラウロは荷物をまとめて行ってしまった。
前王弟が戦争に勝ち、王権を取り戻したのだ。
迎えに来た馬車に乗り込むとき、彼は困惑していた。けれど誰も逆らう事はできない。国王が後継者との再会を望むのは当然の事だった。そしてそれは、おめでたい事でもあった。
「ラウロ……」
「……」
必ず帰るよ、と。
そう言えるような立場ではないのだと、彼も私もわかっていた。
「これでよかったのだ、ナディア。我々は充分、お守りした」
「新しい時代の幕開けね」
「……」
両親は涙ぐんでいるものの、別れの切なさより歓びのほうが大きいように見える。私はドレスの襞を握りしめ、息を止めた。
ラウロが行ってしまう。
今まで、離れた事なんて、なかったのに。
「……っ」
耐えられなかった。
私は身を翻して屋敷に駆け込み、階段を駆けあがり、部屋に飛び込んでベッドに突っ伏した。そして自分でも驚くほどの声で、泣き叫んでしまった。
行ってしまった。
ずっと一緒に生きてきた。
これからも、ずっと一緒にいられると思っていた。
でも、相応しいのは彼ではなく、私のほうだったのだ。
きっとラウロは王太子として素晴らしい花嫁を迎えるのだろう。
彼を失ってしまった。私の人生から、ラウロが去ってしまった。
それが悲しくて、泣いて、泣いて、泣いて……
「……」
気づけば、ぼんやりと窓の外を眺める毎日を送っていた。
「ナディア」
「……」
父が、ひっそりと、寄り添ってくる。
「新しい人生を生きるんだ。お前は美人だ。相手はいくらでも──」
わかっている。
父は善意で言っている。
でも私にとって、ラウロのいない人生なんて、生きる価値のないものだ。
絶望を込めて見つめ返す私に、父も口を噤んだ。
そして見慣れた書状を私の膝に置こうとしたので、無言で押し返した。
「……ふぅ。この、頑固者め」
父は幼い頃のように私の頭を撫でて、初めて、求婚の書状を握りつぶした。
「これは、断っておこう。お前は大切な後継ぎで、可愛い娘だ」
「お父様……」
「たくさん泣きなさい。すべて、過ぎ去るよ」
「……」
額に残された優しいキスが、すべて現実で覆せない真実だと現しているようで、また、涙が零れた。
永遠かに思われた絶望の日々は、実はまだ3週間ほどしか過ぎていない。
でも少しずつ、新しいコックの味にも慣れてきてしまって、私はついに屈した。
「お母様、ラウロは幸せよね。生きるべき場所に帰ったのだから」
「ええ。もちろんよ」
と、そのとき。
丘の向こうから馬車が一台こちらに向かってくるのが見えた。
私は窓枠に手をかけ、それをじっと見つめいていた。
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