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6 新しい部屋
私は、その求婚を受けた。
ずっとずっと待ち望んでいたラウロとの結婚。
それが、実現したのだ。
ラウロが暮らしてきた部屋を空けた。
すっかり物のなくなった部屋は広く感じるそうだけれど、私の私室よりは狭い。
「贅沢させてもらっていたんでしょうね」
「ラウロ」
「これからはナディア奥様と同じ部屋で寝起きするんだから、気を引き締めないと」
「その旦那様はあなたよ、ラウロ」
微笑みあって、ラウロが距離を詰めてくる。
そして次の瞬間、優しく抱きしめられた。
「……」
温かな腕の中。
強くない。苦しくないのに、少しずつラウロは力を込めていく。
私も広い背中に腕を回した。そして、かたく抱きしめあった。
「愛してる。ずっと愛していた。俺のナディア」
「わかってる。私もずっと愛してた。あなたがどんな生まれだって関係なかった」
「ああ。知ってる」
どちらともなく腕をゆるめて、間近で見つめあう。
揺れる瞳が潤んでいる。じっと私を覗き込んで、ラウロの手が頬に触れる。
そして、唇を重ねた。
甘い熱が体中を駆け抜けて、まるで違う生き物に変えられてしまったような感じがした。ラウロの手が後頭部を押さえて、口づけは深くなっていった。
長い口づけが途切れると、ラウロが小さく笑いを洩らした。
「?」
「さらわなくてよかった」
「……え?」
ぼんやりしたまま聞き返すと、またラウロに抱きしめられて、髪を撫でられた。
「若い頃に思い詰めて、お嬢様をさらって逃げようと毎晩考えた」
「今も若いわ」
「最初の求婚があった頃」
「それは若かりし頃ね」
思いがけず図太い声が出てしまって、雰囲気が壊れた。
お互いに肩をふるわせて笑いながら、私たちは抱擁をといた。
「旅行をしましょう。私たち、産まれてこの方この屋敷に篭りっきりだもの」
「贅沢だな」
「私のために新しい味を探求して」
「なるほど。仰せのままに」
手を繋いで元ラウロの部屋を出る。
そして身を寄せあって廊下を進む。
「旅行の前に肉を仕込んでくる。新しいコックは厨房を貸してくれるかな」
「大丈夫よ。でも、その前に新しい部屋を見て。私たちのお城になるんだから」
「たしかに。あぁ、旅行の前にもっとやるべき事があった」
「なに?」
握った手をあやすように振って、ラウロが目を細めた。
「花嫁の付添人を探さないと」
(終)
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