君といる夜は、めまいを感じる。第一夜、

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君といる夜は、めまいを感じる。第一夜、

君といる夜は、めまいを感じる。 第一夜、 39c98660-3b15-456a-a07c-ea4cc3441448  元々、夜が眠れなかった訳じゃない。ただ、頭の中を、ぐるぐると回る言葉にならない感情を追いかけているうちに、寝れなくなったのだ。いつも朝方に一度だけ睡眠に落ちるが、結局、寝坊をする毎日が続いている。登校前、時間に追われているというのに「少しでも食べなさい」と、執拗に言われるから腹が立つ。朝食を摂っていたら遅刻するだろう?ほんの少し考えれば分かる事なのに、それを考えない。腹を立てても言い返すのが面倒臭くて、それでも“どうして、考えないんだ”という感情は溢れるから、今朝も玄関のドアを荒く扱った。  六月末の朝。蝉が鳴き始め、例年より何倍もの雨が降った梅雨が呆気なく去ろうとしていた。睡眠不足、眠気を感じる頭に霧雨のような雨が降っていて、目から入る太陽の光が跳ね、真っ白になるから眩しくて辛い。その上、電車の中は人間の呼吸で蒸れているから息を止めて我慢をする。決められた時間までに登校して、授業を受け、休憩時間に教室を響き渡る雑音が、屋根を打ち、窓を叩く雨や風のように感じるから音楽で遮って寝ていた。  こんな毎日は面倒臭くて不快だけれど、ぼくはこうやって過ごす方法以外を知らない。逃げ出す事も大切な事だと聞いたことがあるけれど、  ……まず、どこに逃げるんだよ?  イヤホンが鼓膜近くで、何度も、何度も、繰り返し同じ音楽を鳴らしていた。実態の見えない感情を追いかけ眠れなくなった夜に、気を紛らわそうと音楽配信サービスのサンプルを聴き回っていたら、コイツが気に入り購入した。だけど、この曲を聴き始めた時から、余計に夜が眠れなくなってしまったんだ。全くもって、音楽の芸術性とかは分からないし、知識として知る事もほぼ無い。一定のリズムで繰り返され、何度もやってくる規則的な音階は、いかにも『抵抗の象徴』ってジャンルなんだろう。鍵盤を叩くように鳴らすピアノに乗る、少し掠れた力強い女性ヴォーカルの声が心地良くって、音を耳に入れた瞬間から離れられなくなってしまった。  睦月に春を求め、高校受験を終え、無事に志望校へ入学することができた。入学一週目でクラスメイトの顔と名前を覚え、体調を崩しやすい五月も乗り切った。だけど、六月に入ると頭の中をよく分からない感情が、はしゃぎ出し始めた。それを捉えようと必死になっているうちに、少しずつ夜が眠れなくなって、学校の休憩時間に寝るようになったのだ。この生活にも慣れ始めていくにつれ、クラスメイトと話すのが面倒になり、机に両腕を組んで、顔を埋め、この曲を聴く。顔を埋めると少し苦しくなり、それが溺れるみたいで心地がいいと思ってしまう自分がそこにいたんだ。頭の中を駆け回る言語化できない感情と、頭をかき混ぜながら一定のリズムで不思議に揺れる音楽に溺れていれば、色めき騒ぐ雑音なんか、どうでも良くなる。  眠気に参る頭を心地よく左右の鼓膜から音が揺らす……もう少しで落ちそうだから、もっと、もっと、頭の中をかき混ぜて。何も考えられないように、もっと揺らしてくれ。息が出来ないくらいに、溺れているみたいに、腕の中に、もっと、もっと顔を埋めて、 「…………、……」  人の声が聞こえた。…………ヴォーカルの声じゃない……よな。でも、今、耳元で確かに…………、 「わたしと遊ぼう、少年」  暗闇の中から伸びてきた白い腕に肩を掴まれ、歪んだ笑みの女が水の底に引き込もうとした。それに驚いて、力一杯抵抗し、女の腕を体から引き剥がすと、突然、目の前が真っ白になる。 「かッ!ハッッ!!!はあっ!はあっっ!!!はあっ!!!!」  息が乱れて、熱くなった身体の表面は不快な何かでおおわれ「……っ!」焦点が定まらず、白んで見えない視界の中「…………っ!?」何かにしがみ付こうと必死に足掻く「……っ!!…………っっ!!!」息が、息が上手く出来ない。このままじゃ、本当に溺れる。圧迫感を感じる体内から気泡が出るように、耳から何かが落ちて…………、 「おいって!!!」 「……ッあ?」 「お前……大丈夫か?」 「え…………っと?」 「なあ?大丈夫なのか?」  声の主は前の席に座るクラスメイトだった。はあ、と、大きく肺の中から息を吐き出して息を整える。溺れる……夢、か。顔にこびりついた不快を取ろうと手で………なんだ、汗かよ。“不快”とまで言った自分の汗が机の上に落ち、それが激しく音を鳴らすイヤホンを濡らしていた。 「すげえ、うなされてたぞ」  眉をひそめ、顔を覗き込むクラスメイト。それから逃げるように、ぼくは大きく空気を吸いながら、椅子にもたれかかり天井を見上げた。目を閉じ、安心を得てから、ゆっくりと二酸化炭素になった元・酸素をゆっくりと吐き出す。  ────夢。  現実が温度を持って戻ってきて、背中や胸元に冷たい不快となって張り付く薄い皮。シャツが汗で濡れている。 「大丈夫……大丈夫だ、疲れてるだけ」  そう言っても、怪しむ顔を崩さないクラスメイトが「本当に大丈夫か?顔色……酷いぞ」と言うから、その元凶となった夢の白い女を思い出そうとした。闇のように深く、堕ちていきそうな目………だった。たぶん、そうだったんだ。イメージはあるのだが上手く顔が思い出せない。足元から頭の上を抜けて、ゾクゾクと悪寒が走る顔だったのに、何かが邪魔をして真っ白な輪郭と闇を抱いた目しか思い出せない。 「……トイレ行ってくる」 「もう授業だぞ!急げっ!」  チャイムの鳴る廊下をゆっくりと歩いた。すれ違う大人たちが「早く教室に戻れー!」と何度も同じ言葉をぼくに言う。さっきも聞いた、分かっている、知っている、その通りだ、何度も、何度も、何度も…………三秒前にすれ違った大人が、同じ事を言ったのが見えなかったのか?  ここにいるのが不満という訳じゃない、だからといって納得している訳でもない。ただ、示された未来への道に立っているはずなのに、足元が不安定だから迷子になっていたり、道を間違えているんじゃないかと不安になるんだ。立っているだけでも必死なのに……歩き続ける事なんてできるのかよ。  夕方の電車は、同じ高校や他校の生徒、大学生、その他、未来への道を進んだ大人たちがスマートフォンを持って、手元を忙しなく動かしていた。他人に興味はなく、背負っていたり、持っているバッグが邪魔になっていたり、当たっていたりしても、気にしないような人たちで溢れているから息苦しい。誰にも興味が無いくせに画面の中は色めいていて、その向こうには誰かがいる。それを一所懸命、指で手に入れようと動かしている。誰かのスマートフォンが鳴り、その着信音が消えると、着信音とは関係の無いスーツを着た大人たちが大声で話し始めた。電車に閉じ込められた大量の人間で空気が蒸せているのに、そんな大声で話すなよ。酸素が無くなる、煩い、公共の場で大声を出すな、不快だ。本当に酸素が無くなっていくから息苦しいのに……誰か注意しろよ。  約四十五分の我慢の末に密閉空間から解放され改札を出ると、夏に向かって予行演習をする空に夕陽が浮かんでいた。何故か“今日も生きながらえた”なんて大層な気分になる。子どもの頃、こんな事を思う毎日を送るなんて想像していたか?毎日、馬鹿みたいに遊んで、信じられないくらいに腹が減って、初めて二十二時を夢の中で過ごさなかったのは小学四年生だったぞ。それが、今はどうだ?寝むれない夜が当たり前で、二十二時頃まで塾の講習を受けているヤツもいれば、悪い事をする為に遅い時間まで起きているヤツらもいる。ぼくは子どもの頃、夜という時間帯に世界は存在していないんじゃないかと疑っていた。きっと、世界も、地球も、ぼくたちと一緒で休むんだと。それらが所詮、子どもの世界で想像する範囲だったと分かった今、ちゃんとそこで世界は動いているのに感動すらしない。  毎日、駅までの行き帰りに、小学生の時によく遊んでいた公園の前を通る。その時の友達とは「おー、元気?」と、すれ違いざまに「まあ、元気かなー。そいじゃ、また」くらいの会話しかしなくなった。これって友達と言えるのだろうか。いつからか、こんな関係になってしまった。中学校を卒業して、バラバラに高校に行って………、  いや、中学校に入学してから、部活に入るヤツ、恋人が出来たヤツ、新しい友達、勉強、それらに忙しくなって、学期を跨ぐ度に話さなくなっていたか。話したとしても……、 「あいつは勉強が出来ない」「あいつには彼女が出来ない」「あいつはレギュラーに選ばれるレベルじゃない」「あいつは俺より上の高校行けるヤツじゃないだろ」  誰もが友達だったあいつらを見下す事ばかり言っていたような気がする。大人は人とは等しく、尊重しながら生きていくのが正しい姿だと言っていたから、こそこそと悪い言葉を使って、暴力を振るって、仲間内だけで、誰にも、大人にも、本人にも見つからなければ、知られていなければ、いつでも叱られる事は無く、決して『悪』ではなかった。  ここ四日ほどは、夕食を食べる時間すらもったいないと感じるようになっていた。家族は火が通った野菜や肉を皿から口に運ぶという単純作業だけではつまらないらしく、必要以上に会話を弾ませている。その話題がくだらな過ぎて、不快だ。だから、真っ先に椅子から立ち、会話が聞こえないふりをして、部屋に戻る為に洗い物をする。すると必ず「部屋に戻って何をするのか」と引き留めようとするから「勉強」とだけ答えて、二階へ上がる毎日。  ぼくには、とくに趣味という趣味がないから部屋でする事といえば、勉強くらいしかなかった。ゲームも好きなタイトルのナンバリング以外はしないし、映画も観なければ、流行りの音楽すら聴かない。マンガや小説も娯楽としては読まなくなったし、読むのは名作とされ、教養として必要な作品ばかりだ。  それ以外には興味も無い。  机に向かい設問を解きながら、本当につまらない人間だと考え、机のように真っ平らだから情けなくなってしまう。手を止めて、ノートから数ミリの高さで空中に浮いたペンの先を見つめても『つまらない人間』から『豊かな人間』になるヒントや答えは、浮かばない。そんな事は嫌というほど知っているのに、そこに救いすら求めてしまう。本当に馬鹿馬鹿しい。大きくため息を吐いて、天井を見上げ、ベッドに寝転んでイヤホンを耳に詰め込み、あの曲を大音量で流した。額に片腕を乗せて影を作り、天井にしがみついている照明を見ていた。 「いつからだろう?……いつから、こんなに虚しい?」  目を強く閉じて暗闇を三秒間感じて開くと、何故か、身体が怠く、重たい。急に喉が渇いて、熱いから苦しい。身体も少し熱っぽいから「何だろう?」と考える。ひとまず、この焼けるように酷い喉の渇きを潤すために飲み物を取りに行こうと音楽を止める為、スマートフォンの画面を覗き込んだ。画面左上にある数字が『01:14』と示されている。 「……あ?嘘だろ?」  いつの間にか四時間近く眠っていた。望んでいた時間に取れなかった睡眠は、ただ時間を浪費した気になり腹が立ってくる。真っ暗になった廊下を歩き階段を降りて、冷蔵庫で冷えた液体を流し込んだ。コップを洗いながら「四時間……これから眠れるわけがないよなあ」と呟き、少し笑う。それは“夜に寝かせないようにして部屋に閉じ込め、狂うのを待っているんじゃないのか”と、くだらない事を考えてしまったから笑えたのだ。  でも、もし…………もし、この頭の中を駆け回るよく分からない感情が、何かの本能とかが、ぼくに知らせる警告や予知の類だったり………あるいは、ぼくを狂わせようと感じさせている“何とか波”の一種で………とか、馬鹿馬鹿しい。それなら、部屋に閉じこもらなければいいだけの話だ。足枷をかけられている訳でもなければ、部屋のドアだって開く。廊下を自由に歩く事も出来るし、監視をされている訳ではないから外にだって出ることも出来る。 「でも……こんな時間に、とか…………」  もし、補導なんてされてみろ、高校に連絡が行くはずだ。その前に親に……それも面倒だな。学校で補導されたなんて噂が立てば………あ、評定が落ち…………進学には関係ないと聞くけれど、それは大人が子どもを騙すために吐いた嘘だったりするのかも…………ああっ、もう、面倒くさい、考えるのが面倒くさい。  玄関のドアを開き、朝とは違ってゆっくりと音を立てずに閉めた。真っ暗な家の前の道路、その真ん中に立ってみる。人の気配がしない、音が………しない。鼓膜が音を探し、不快な耳鳴りがし始めて神経がざらざらと撫でまわされる。何の存在も感じないから、独り、だと思った途端に、ぎゅうっと胸が締め付けられた。息がしづらくなり、もう駄目だ、と思った時、遠くの幹線道路から聞こえる音を見つけて、その小さな騒音に深い呼吸をしてしまうほどの安心をしてしまった。ぼくは独りでいたいと願っていたんじゃないのか、やっぱり、ただの強がりだったのか。空を見上げると見えないはずの星が小さく瞬いていたから、やっぱり夢なんじゃないかと思う。  夕方に小学校時代を思い出した公園に向かおうと歩いていたら、その途中にある路地を思い出した。そこには、まだ秘密の自動販売機が撤去される事なく、低い作動音を立てて存在していたのだ。それは小学生以来飲んでいない『驚くほど安い炭酸ジュース』が売られている自動販売機。聞いたこともないメーカーが販売するソレを買い、ひと口飲む。 「何だこれ!?」  静まり返った夜中の裏路地で大きな声を出してしまうほど甘くて、昨今の“化学調味料が健康にどうのこうの”とかいう風潮の中で、まったく隠す気もないそれらの味に驚いてしまう。こんなにも“身体に悪そうなモノ”を嬉々として飲んでいたのか。ぼくも思い出を悪にすり替えてしまう程、虚しい知識と、まるで“あの頃はよかった”という、つまらない大人みたいな事を思ってしまった“つまらなさ”に苦笑いをする。ジュースを飲みながら通りを歩く。この通りは年度末になると大人たちが『街灯の数を増やせ』と騒ぐくらい暗いのに、手に持ったコレは鮮やかなオレンジだと分かる発色で光っていた。その甘く怪しい液体を片手に公園へ“嬉々”と向かうのだ。 「はっ、マジか!」  子どもの頃に野球をしていた公園が、野球なんか出来そうにない狭さで驚いてしまった。車輌止めのポールを跨ぎ、公園に入る一歩目で、さっ、と軽く鳴く砂。この薄く浮いた細かな砂が足元をすくうから守備が乱れる。だからこそ起きる奇跡的なプレーが、どんなに野球が下手なヤツもヒーローにしてしまうのだから、ここではみんなが名選手だった。奥にあるブランコに向かうと、その小ささにまた驚く。小さな頃はこれに乗り大きく漕いで慣性をつけ、誰よりも遠くへ飛ぶという遊びをしていたのだが、今考えると相当危ない事をしていたんだな。何年かぶりにブランコのチェーンを持って板の上に立つと、試しに激しく漕いでみた。 「ははっ!すげっ!怖っ!!」  久しく味わっていなかったから、高い所から速度をもって落ちていき、慣性を得て高さに届く、そして、背面から落下していく感覚に全身の毛が“ぞわっ”と逆立つ。よく手の皮を挟んでいたチェーンも、今や皮や指を挟まないようにビニールで覆われていて、この世から危険がひとつ抹殺されていた。  ………もし、今、この安全になったはずのチェーンから手を離したら、どうなるだろう?  もし、チェーンが切れたら、どうなるだろう?  もし、座っている小さな板が割れたら、どうなるだろう?  もし、子ども用に設計されたはずの支柱が倒れたら…………。  たくさんの“もし”と“たら”で溢れている危険は楽しくもあり、そんな“もし”と“たら”が怖くなって、楽しかったはずの遊びを味わわないという選択をする自分が悲しい。  十段ほど階段を上り、公園が見渡せるベンチに寝っ転がり、空を見た。家の前で見上げた空より星が少ない。ああ、そうか、と、視界に入っていた照明を手で隠すと目が暗さに慣れきて、再び、現れる星。この時間は町の灯りが消え、少なくなって、暗くなるから星が見えやすくなる。授業で習った『光害』という知識も気付かなければ身につけていないのと同じだ。いくら本を読んだり、勉強をして知っていたとしても、経験をするまでは分かってはいない。  目を閉じる。視界が無くなって敏感になった聴覚が音を探す。  静かな夜の音が聞こえる。ゆっくりと息を吸う、  ────夜の匂いがする。 「やあ、少年」  聞き覚えのある声に目を開いた。そこにぼくの顔を覗き込むように枕元に立つ、毅然として美しい顔立ちの女がいた。慌てて体を起こし、身構えようとするぼくを見て、ふふっ、と小さく笑った。 「取って食うわけでも、刺そうってわけでもないさ」  え?いや、え?なんだ?この女?警察?補導員とかではないよな?不審者だよな?丈が短い真っ白なワンピースから長く伸びた細い脚、小さく整った真っ白な顔と真っ白な髪。赤い……チョーカー?首輪?……女の白い存在が暗闇とのコントラストで、女だけモノクロの世界にいるみたいだ。 「な、何ですか?」 「わたしに会いたくて来たのだろう?」  な、何?人違いか?少なくとも友達にも、その恋人や家族、知り合いにも見覚えはない。 「初めての感覚に眠れない。だから会いに来た、違うか?少年」 「あ。え……と?えっ?なんで……眠れない……とか知っている……んすか?」  知っているも何も、と、白いワンピースに隠れている細い身体が“馬鹿馬鹿しい”と言うように美しい動作でベンチに座り、細い脚を組んで左右非対称の笑みを浮かべる。ぼくは反射的にベンチの反対側に移動し、眉をひそめ警戒し縮こまってしまった。 「少年は大きなものを見ようとしている途中なのだよ。だから、その酔いと不安で夜が眠られなくなった」  さっきから……どうして、ぼくが眠れないのも知っ……いや、顔色が悪いから、たまたま言い当てただけで…………、 「居ても立ってもいられなくなって、外に飛び出たが、どこにいけばいいのかも分からない」 「………どこから見てたんすか?」 「いつも見ていたし、いつも隣にいただろう」 「あの……ぼ、ぼくは……っ、そろそ……」 「家に帰って何をする?またイヤホンを耳栓代わりに大音量で音楽を聴いて、救われた気にでもなるか?」 「え……っ、あ」 「そんな逃避より、わたしと遊ぼう、少年」  その女は名前を“ヨル”と言った。そして、ぼくが名乗ろうとすると「名前は聞かなくてもいい。どうせ覚えられない」と小さく笑う。 「少年と違って、わたしにはたくさん友達がいる」  その美しくも妖しい左右非対称の笑顔で口許が歪む。  闇に浮かぶくらい白く、夜に溶けそうなくらいに純白。  この日から君といる夜は、めまいを感じるようになった。 第一夜、終わり。
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