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その日の夜に、穂乃香から電話がかかってきた。
自室で、明日提出の課題をやっていた梓沙は、何も考えずに反射的に電話に出る。
「はい、須藤です」
『もしもし、梓沙くん久しぶり!』
相変わらずの弾んだ声が響く。
『きゃ〜、久しぶりに梓沙くんの声聞いたらめっちゃ癒されちゃう!仕事の疲れも吹っ飛ぶよマジで!』
「はぁ…あの、今日は一体何の用ですか?」
まさかデートの件だろうか…と内心身構えていると、穂乃香は少し改まった声で話し始めた。
『あのね、私が母親の霊に憑依されていた間の記憶のことなんだけど、あれ、思い出したんだよ』
「え」
『私あの時、まるで夢の中にいるように母親の記憶を見ていたの。……母親は一人で山の中にいて、必死にあちこち捜してた。捜しながら、何度も何度も、「ケンちゃん、どこにいるの」って口にしてた』
もう聞き慣れすぎた、その言葉…
「…やっぱり母親は、息子を捜しているんですね」
『ううん、それが違うの。母親の脳内…なんて言ったらいいんだろ…。言葉にするのが難しいんだけど、母親の脳内のイメージが、私の脳内に送り込まれてくるみたいな感じで、クマのぬいぐるみが浮かんだんだよね。
私には、母親がクマのぬいぐるみを捜しながら、ケンちゃんどこにいるのって、口にしているように感じたの』
梓沙はそれを聞いて、社長室で美代子から聞いた話の一部を思い出した。
“ あぁそうそう、こんな話も聞いたわ。ケンちゃんが亡くなったあと、恵子さんはケンちゃんがとても大切にしていたクマのぬいぐるみを必死に捜していたそうよ。でも、アパートや幼稚園、ケンちゃんが歩いて行ける範囲、ケンちゃんの遺体が発見された周辺を捜しても、ぬいぐるみは見つからなかった。…きっと、ぬいぐるみを息子の形見にしたかったんでしょうね ”
『でね。私、健一郎くんが生前通っていた幼稚園を調べて行ってみたの。そこの園長先生に会えて、健一郎くんについて話を聞いてみたら、幼稚園にいつも持って来ていたクマのぬいぐるみの名前に、健一郎くんは“ケンちゃん”って、自分と同じあだ名をつけていたんだって。だからきっと、母親が呼んでいたケンちゃんっていう名前は、クマのぬいぐるみの方だったんだよ』
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