また丘をのぼるまで

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やっぱり理由を付けて来なければよかった。 ぼくは目立たないように和室の隅に移動しながら、溜め息をついた。 突然の訃報。大叔父が亡くなり、森の中にぽつんと建つ親戚の家で開かれる通夜に出席することになった。知らない親戚だし、できれば家で留守番をしていたかったのだけれど、両親にとってはお世話になった人らしく、仕方なくぼくも行くことになった。 でもぼくは人付き合いが得意でない上、最近は親戚との関わりが希薄でほとんど知らない大人たちしかいない中にいるのは、気が休まらず緊張していた。しかも皆真っ黒な喪服姿なので正直見分けがつかない。誰も彼も、疲れたおじさんとおばさんに見える。 ぼくが喪服としてきっちり着込んでいるリクルートスーツは、大学に入学するときに父親に買ってもらったものだ。堅苦しくて好きになれない。できれば早く脱いでしまいたい。黒いシルクのネクタイを少しだけ緩めてみる。あとは親戚一同で故人を悼みつつ、近況なんかをお互いに報告しつつ、酒を飲みつつの夕食会なのか宴会なのかがあるだけだ。少しくらいはいいだろう。 隅っこに行った甲斐もなく、しゃべりたがりの親戚が親し気に寄ってきて、話しかけてくる。 「まさちゃん、しばらく見ないうちに大きくなったねえ。前会ったときははるかちゃんぐらいだったかしら」 「はあ、えっと」 「わしのことなんか、もう覚えとらんだろう! なんせ最後にまさちゃんに会ったのは赤ちゃんの頃だったからなあ、はっはっは」 「あはは、初めまして……」 「もう大学生? 早いねえ。どんな勉強をしているの?」 「あの、一応理数系の……」 ぼそぼそと大学の専攻について説明しようとしたとき、ぽんと肩を叩かれた。 「まさき。あんたは、はるかちゃんの面倒でも見てて」 「あ、うん」 「祥子さん、ケンちゃんも。お久しぶりです~~! 何年ぶりでしょうね、お変わりありませんか?」 見かねた母に助け舟を出され、ぼくはその場を離れる。母はあの人たちを知っているみたいで、見せかけだとしても和やかに談笑しているようで安心した。ぼくの気の利かない受け答えで気を悪くしていないといいけど。 言われた通り、少し離れた座敷で大人しくしていた小さな女の子のもとへ行ってみると、嬉しそうに寄ってきた。子どもの相手をするのは慣れていないけど、大人と話すよりは気が楽だ。にこにこと邪気のない笑顔で迎えてくれるはるかは、結構かわいい。 この子も退屈していたのだろう。故人はぼくにもこの子にも関わりのない親戚の老人だったので、その場の悲しみや哀悼をなんとなく感じることはできても、血がいくらかつながっているだけの他人の死に対して心から悼むことはできない。そんな自分が申し訳なくて、この場にいること自体が故人と親しかった人たちに対して失礼な気がして、落ち着かない。 それから数時間、ぼくはこの子の遊び相手をして過ごした。今日会ったばかりだというのに妙に懐かれた。はるかは絵本を読んでもらうのが好きみたいだ。お人形さん遊びとかだと、ちょっと勝手がわからないので、セリフがすべて記されている絵本の読み聞かせで喜んでもらえたのは良かった。 はるかも親戚なので一応血のつながりはあるらしいが、ぼくとの具体的な関係性はよくわからない。 噂好きの母からこっそり耳打ちされたことには、なんでも母親に不幸があり、にもかかわらず父親は仕事で忙しくしているらしい。その父親が、「自分が不在がちな都会の家に一人にするよりは自然豊かな家で静かに過ごさせたい」と言って、この親戚の家で預かってもらっているらしい。はるかは、そんな悲しみを背負っているようには見えないほどにこにこ笑顔を絶やさない健気な子だったので、母の言うことは背びれ尾ひれのついた噂なのではないかと疑ってしまうほどだ。 夕刻、絵本にも飽きたのか、はるかもどこかへ行ってしまって(広い家のどこかで遊んでいるのだろう)手持ち無沙汰になり、外の空気を吸いに森を散歩でもすることにした。
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