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イカリングと言われて……
「食い物ですか?」
と、僕は対面に座す同じ学年の生徒に尋ねた。
「違うよ。怒りを持続させる、怒りを進行形にする言葉さ」
「は? はあ……」
僕は困惑した。そんな意味を持つ言葉、イカリング。初めて聞いたぞ。
はて、僕と彼は一体何の話をしているのかというと――僕は思い返した。
「一体どうしたら、あの人達からのいじめをやめてもらえるんでしょうか?」
という僕の質問から、僕と彼の話は始まったのだ。
彼――浜崎弥一は勝ち組、今風に言うなら上級国民だった。それもウルトラ、スーパー、スペシャル、デラックスと「超」などの意味を表す接頭語がいくつもつくほどの、それだった。
なんと、彼は逆玉の輿を狙って成功した男だったのだ。相手の女性は鼻息ひとつで世界経済を動かすと言われる――ウルトラ、スーパー、スペシャル、デラックスと「超」などの意味を表す接頭語がいくつもつくほどの大富豪の娘。その婚約者が浜崎だった。
高校生にして一体どういう世界の住民だ?
こんな異次元レベルの人なら、いじめを受ける世界からは程遠い。もしかして、いじめられっ子の僕の味方になってくれるんじゃないかって――学校の廊下で偶然すれ違ったときに思わず声をかけてしまった……。
浜崎は気さくにも僕のいじめられっ子話を聞いてくれて、では、どうしたらいじめられなくなるかの助言を与えてくれたわけだ。
それが、
「イカリング」
という言葉だった。
「いいかい?」
浜崎は僕の目をじっと見て言った。
おや?
なんだかその表情は怒っているようにも見えた。
「いじめは時間が解決してくれるなんて思うな。誰かがなんとかしてくれるなんて調子がいいことを言うな」
浜崎は僕の胸を指差して言った。
「いじめ問題は、いじめられる側の君自身が問題を解かなければいけないんだ。自分には何もできないと泣き寝入りして、何もしない自分に腹が立たないか? まさに今、僕に頼ろうとしている自分自身に怒りを感じていないのか? いじめっ子側に怒りを向けるのではない。自分自身に怒りを向けろ」
すごい早口。浜崎は僕の両肩を掴み、僕の体をガクガク揺さぶった。
「ええいっ! 君にうまく伝えられない僕自身に怒りを感じるよ。でも、自分が自分に向けるこの怒りこそが行動力になるのだ。この怒りを持って言わせてもらおう。何かをどうにかしたかったら、自分を怒る! 常にそう怒り続けろ! 怒りの進行形! イカリング!」
「はあ? ぐはあっ!?」
超がいくつも付くほどの金持ちの言うことは理解できなかった。いや、この人、自分でも何を言っているのかわかっていないんじゃないのか?
「そ、そんな怒り続けていたら、疲れちゃいますよ。それに、争い事も終わらない」
「怒りを他人に向けるってのは、それは恨み辛みってものだ。疲れもするし、争いにもなるのも当然だな。いいかい? 自分自身に怒るんだよ。いじめられるままでいいのか? いいはずがない! じゃあ、自分でどうにかしろ。やることわかってるのにやらない自分に腹を立てろ!」
「お、おう」
他人にではなく、自分自身に怒りを向けろ。それが行動力になるか。そんなのでほんとにいじめが解決できるのだろうか。
浜崎弥一。世界一の逆玉の輿を成功させたこの男の言うことを疑う――それはもっと無理なことにも感じた。
「わかりました。彼らがまた僕をいじめるようなことがあれば、その時、自分自身に腹を立ててみます。い、イカリング!」
「イカリング!」
なんだかもう、この一言でどうにでもなれ、どうにかなるような気もした。
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