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バイアス
小野寺たちは、お互いにバイアスに掛からぬよう戒め、対象に関わることなら何でも情報を集めることにした。分かったことを重視するのではなく、分からないことを埋めていくよう心掛けることにした。
『大分ウェブでの情報をほじくったと思うんだけど、もう掘り出せるネタは限界かも』
といって山下はふぅ~と大きく息を吐き出した。
「現状の情報だけでは、ウェビントで掘るのも限界か…」
山下の言葉に小野寺は腕を組んで考え込んだ。
「新しい情報が入れば、見方も変わって堀進められるかもしれないが……まぁ、ここからは俺の仕事か」
『そうだね、小野寺君のヒューミントで情報を得るしかないかも』
小野寺の得手であるヒューミントを使うことに山下は同意した。
「うーん、対象Fから色々引き出してみるか?」
『そうだよ!対象Fって1年の時は同じクラスだったし、同性だから聞きやすいんじゃ?』
しぶしぶ対象Fの名前を挙げた小野寺に対して、山下は、その手があったじゃないかと言わんばかりの勢いで答えた。
「いや、あいつ1年の時に問題児の用心棒的な事やってたけど、山下は大丈夫なのか?」
高校1年の時に山下はいじめに近い行為を問題児からされていたが、小野寺が助けた経緯がある。そのとき、問題児の用心棒的なポジションにいたのが対象Fであった。
『特に彼から何かされたわけじゃないから気にしてないけど』
山下があっけらかんと答えると小野寺は小さい溜息をつく。
「いやさ、下手したら対象FはTやKよりも面倒臭いんだよなぁ…」
小野寺は煩わしさが滲み出るような言い方で回答をすると、山下はきょとんとした。
『え?そうなの?』
「そうだぞ、1年の時の最終局面で俺はアイツとお手合わせしたからな。何度地面に叩きつけても起き上がってくるし、足か腕の一本でも折って動き止めるしか……って判断に至りそうになるまでだったからな。1年の頃はそこまで体格差なかったからよかったものの、今のアイツの体つきヤバいだろ?ノンケじゃない先輩がいたら、間違いなく屋上で日焼けを誘われるとかアイスティー飲まされるレベル」
小野寺が捲し立てると山下は呆気にとられた。
「アイツ、戦闘狂だからな。戦えればそれでいいから、敢えて問題児の用心棒まがい的な事やったらしい。あと俺にやられたの相当悔しかったみたいだから、俺が今話しかけたら勝負を挑まれるかもしれない…あああ…面倒だ」
小野寺はさらに続けて捲し立て、後半からは嘆きになっていた。
『そんなことになっていたとは………お疲れ様でした』
小野寺の嘆きに対し、山下は優しくねぎらいの言葉をかけた。
「ともかく、連絡を取ってみるさ」
『頑張って』
「じゃあ、今日はこれで」
小野寺はスカイプの通話を切ると、スマートフォンを取り出しSNSを立ち上げてメッセージを入力する。
〈お疲れ。そちらの状況を知りたい〉
メッセージを送ると、すぐに返信が帰ってきた。
《なんだ、珍しい。状況ってのは例のお嬢さんについてかな?》
小野寺もすかさず返信する。
〈そうだ。こっちでも情報収集を行っているが、最近行き詰っているところがあってね。そちらで手に入れている情報が欲しい。会うことは可能か?〉
《いいぜ、ただしタダってわけにはいかねーなぁ》
相手の返信に、はぁ…とため息をついてから小野寺は返信する。
〈いっておくが、お前と組手とかする気はないからな。一年の頃とは体格が違い過ぎる。お前にはどう足掻いたって勝てんだろう〉
《またまた、ご謙遜を!》
小野寺は相手の返信に眉間にしわを寄せ、親指をスマートフォンの液晶画面上を滑らせる。
〈ともかく、お前との組手はやらんぞ。代わりと言っちゃなんだが、自衛隊などで徒手格闘を教えているインストラクターを紹介することが出来るがどうだろうか?確実に相手を仕留める技を習うことができるぞ〉
《悪くないねぇ》
〈なら、決まりだ。明日会えるか?いつものように場所についての指示と交通費は下駄箱に入れておく〉
小野寺は、善は急げと言わんばかりに翌日に約束を取り付ける。
《いいぜ、明日は暇してたんだ。どうせ、どこかの食い放題でたらふく食わしてくれるんだろ?家にも言っておかないとな》
〈では、明日放課後で〉
小野寺はSNSでのメッセージのやり取りを終えると、スマートフォンを机においてベッドに寝っ転がった。
(ふぅ…なんとか組手は免れた。あとでインストラクターを何人か見繕っておかないと…)
諜報の世界では、趣味嗜好すらも弱みになると言われている。例えば、異性を使ったハニートラップというのは有名であるが、情報工作すべき対象者の好みのどストライクをついてくるような異性があらわれるらしい。これは対象者から声を掛けさせることによって、こちらから接触することによって怪しまれるリスクを防ぎ、関係も続けやすいので情報がとりやすくなるメリットもある。
また、心理学においては『類似性の原理』というものがある。これは話が合う人や、同じ趣味を持つ人、物事の考え方が似ている人と一緒にいることで楽しいと感じ、安心感を抱くことである。対象に安心感を抱かせて情報を聞き出すのはヒューミントテクニックの基本である。今回、小野寺は相手が格闘技好きであることを知っているため、情報を得るための交渉材料を容易に出すことが出来ていた。趣味嗜好については容易に全て公開することは考えなければならない。
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