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この世界での、これまでの出来事を思い返す。
甘い香りで目が覚めると、辺りはお菓子でいっぱいだった。椅子らしきバームクーヘンの切り株、プレッツェルの扉、イタリアンプリンのベッド、カラメルの掛け物、水饅頭のクッション。室内のようだが、至る所が甘いもので埋めつくされている。
「目が覚めたのですね、アリス。」
安堵したような声の主の方へ目を向けると、帽子屋のハットに古典的な燕尾服に身を包んだ、長身痩躯の男。
彼とは初対面のはずだが、誰かと間違えていないだろうか。
「いいえ、アリスは唯一無二のあなたに違いありません。ところで────」
大事な話があります、と神妙な声音で切り出され、ひとつひとつ、これらのお菓子や世界が何で創られているのか説明を受け、今に至る。が、何一つとして飲み込めない。理解できずにオウム返しで聞くことを繰り返している。
こんなこと、普通に考えて起こるわけが。
「おっと、否定する前にご自身の目で確認して頂きたいものです。現に存在しているではありませんか。あなたの目の前に。」
男は、手にした自身のハットの中からポンポンとキャラメルの香り高いポップコーンを出しながら、やんわりと微笑んだ。
瞳を覆う長い前髪がふわりと揺れる。
強固な意思が感じられる緋色の瞳は、少女を捕えて離さない。
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