紳士的な男と、アリスと呼ばれる少女の話

7/9
前へ
/9ページ
次へ
少女は目を丸くしたまま、ある疑問を口にする。 「貴方は帽子屋?それとも執事?」 「あなたのお望み次第ですよ。」 「望み……」 「あなたの思うがままの私、そうあり続けることが可能なのです。」 「貴方は、」 「私は、あなたの『if』。あなたの中だけに存在する、もしもの世界。そして────」 一呼吸置いて、男は告げる。 愛おしそうに、慈しむように。 「アリス。この名は、あなたがそうありたいと願った姿。そうでしょう?私だけの、永遠のアリス。」 夜明け色のテーブルの上空。糸でも張られているようにピンと浮かぶかき氷の氷柱が溶け、シロップがぽたりぽたりと滴り落ち、ティーカップの中に小さな波紋を描く。 男はゆったりと話を続ける。 「あなたが現れる度、私はあなたに心惹かれるのです。···イマジナリーフレンドが、元となる人間を思慕するのも何ら不思議ではないでしょう?私とあなた、ふたりだけのこの世界は、普通も常識も存在しないのですから。」 瞼が重い。男の声は心地よく、眠りを誘う。 やがて甘い香りが漂い続ける世界で、少女は眠りに落ちた。 「······想いを伝えど、同じことなのですね。」 甘ったるいバニラの香りが漂う中、そよ風に想いを乗せる。 「アリス、申し訳ありません。また、あなたにお越し頂くことになりそうです。」 捻った蛇口からりんご飴の雫が落ちる。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加