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ゆうかちゃん、お元気ですか?
約束、おぼえていますか?
2021年8月25日、忘れないでね。
ぼくとゆうかちゃんの大切な約束だから。
2011年8月25日
風間涼介
◇◇◇◇◇
その手紙が届いたのは、2021年8月24日のことだった。
残業を終えて、一人暮らしの真っ暗な部屋に辿り着いたのは、22時半を少し過ぎた頃。
ポストに入っていた手紙に、切手は貼られていなかった。
だけど、消印はきちんと押されていて、日付はちょうど10年前のものだった。
「あんどうゆうか様」と書いてある宛先。
決して綺麗とは言いがたい子供の文字。
ただの悪戯だろうと、読まずに捨てかけて、思いとどまる。
封を切り、ゆっくりと開く。
そして、少し古びた便箋に書かれていた手紙を読んだ。
8月25日って、明日じゃない!?
そう思いながら、差出人である風間涼介の顔を思い出そうとした。
10年前、私はなんの約束をしたんだろう。
まったく心当たりはなかった。
それどころか、風間涼介という名前すら思い出せない。
仕方なしに、クローゼットにしまってあった卒業アルバムを取り出す。
10年前といったら、まだ小学生だ。
小学校の卒業アルバムを開くと、私は5クラスあるクラスの個人写真を、ひとりずつ眺めた。
懐かしい顔と名前がいくつも目に入ってくる。
中学入学と同時に父親の転勤で引っ越してしまった私にとっては、今も連絡を取り合っている友達は、この中にはいない。
風間涼介くんは、私と同じ3組だった。
満面の笑みの風間くんの写真を見ても、あまり記憶がはっきりしない。
大切な約束って、いったいなんなんだろう。
日付が8月25日に変わるまで、もう1時間しかない。
そもそも、どうして今さらこんな手紙が届いたというんだろう。
実家に届くならまだしも、10年前の風間くんが、今の私の住所を知っているわけがない。
考えても、答えは出てきそうになかった。
ビールのプルタブを開け、冷たい液体を疲れた身体に流し込む。
昔から、「約束」という言葉が苦手だった。
「ずっと一緒だよ」と約束したのに、何人の人が、私の目の前から去っていったんだろう。
最初は母だった。
次は父だった。
初めて好きになった人も、いなくなった。
その日から、「約束」を信じられなくなった。
キャンプ、修学旅行、運動会、いろいろな行事の写真の中から、風間くんを探したけれど、風間くんの姿は、個人写真以外一枚も写ってはいなかった。
いつのまにか、日付が変わって25日を迎えていた。
空っぽになった缶をクシャリと潰し、ベッドに横たわると、突然スマホがなり始めた。
画面には、登録していない番号が表示されている。
いつもなら、登録していない番号には出ないようにしていた。
だけど、なぜかその電話に出なければいけないような気がして、私は通話ボタンをタップした。
「もしもし」
向こうから聞こえてきたのは、男性の声だった。
聞き覚えのない声。
黙って切ろうとすると、「切らないで、優香ちゃん」という声が聞こえてきた。
「もしかして、風間くん?」
「よかった、手紙、読んでくれたんだね」
恐怖で手が震えるのがわかる。
どうして、風間くんはこの番号を知っているの?
どうして、10年前に出した手紙が、今私の手元に届くの?
不可思議な出来事に、震えが止まらなくなる。
「あの、」
突然、部屋中の電気が消えて、真っ暗になった。
思わず「きゃっ」と飛び上がると、誰かの腕にきつく抱きしめられた。
「会いたかったよ、優香ちゃん。約束したでしょ? 2021年8月25日、会おうねって。僕、会いにきたよ」
fin
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