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「まったく、私がどれほど苦労してあの状況をつくり出したと思っている。吸血鬼は生きようとする本能が強く、加えて不死身に近い。吸血行為を自ら禁じたものの、三日ともたなかった。陽の光から逃げ出そうとする本能を、必死に抑えてようやく意識を手放せたというのに……」
口惜しそうに語るトワに、柚姫は困惑しながら訊いた。
「あの、つ、つまり……あれは……?」
「そう、自殺だ。正確には未遂か。夜半のうちから待機し、あとは朝日を浴びていれば自然と灰になることができた。その計画をお前は台無しにしたのだ!」
「わっ、私のせい?」
そんな風に攻められても柚姫にはどうすることもできないし、こんなことで怒られるのは何だか理不尽だ。
「そんな紛らわしい死に方をするほうが悪いんじゃないの! 吸血鬼なら、もっと吸血鬼らしい死に方があるんじゃない!?」
「どんなだ?」
「え~っと……。例えば、誰かに心臓に杭を打ってもらうとか……?」
「ほう」
トワは感心したような声を出す。
「では、頼めばやってくれるか?」
「……遠慮します。って! 私が言いたいのはそんなことじゃなくて」
柚姫は熱くなった自分を諌めると、ぽつりと言った。
「……命を粗末にしちゃだめなんだから」
トワはふしぎそうな顔をする。
「……何故、そんなことを言う?」
「そんなの、当たり前じゃない。一度しかない人生、大切にしなきゃ」
「吸血鬼は不老不死だ。私はかれこれ、五百年は生きている」
「ご、五百年……!?」
柚姫は思わず声を上げる。
そして、ふとテレビで見たニュースを思い出した。
画面の中では、ビルの屋上から飛び降りようとしているサラリーマンを、警官が必死に止めていた。男はリストラをされたらしかった。
警官が懸命に説得を試みていると男の家族が駆けつけ、男は飛び降りるのを断念し保護された。
あのサラリーマンのように、死にたいと思う人たちにも色々と理由があるのかもしれない。
けれど、柚姫はそんな事件を耳にするたび、心にガラスの破片でも刺さったかのような痛みを覚える。
一度しかない人生、短い人生、人に当てはまるものが、吸血鬼という生物には当てはまらない。
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