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8.
「どうしたら、いいんだろう…」
途方に暮れ、聖堂前をとぼとぼと通り過ぎる。
まさか任務の内容が、女性を誑かす事だなんて夢にも思わなかった。
「そんな経験も、スキルも無いしな…」
任務の為に必殺技を編み出せ!
とかだったら、いくらでも頑張れたのにと思う。
その方が、分かり易いし。
「う~ん。女性の口説き方に詳しい人っていたかな」
同じ部隊の子達は、違う気がする。
ユリウスも…そんな感じでは無さそうだし。
というか、彼女にそんな事を訊くなんて恥ずかしくて出来ない。
「後は、オルデールさんかな」
オルデールはユリウスとは種類の違う華やかさと、美貌を持った女性だ。
性格も明るく話術に長けている為、様々な女性にモテる。
( 驚かれて、笑われそうだけど。他に方法が無いんだから…。オルデールさんに訊くしか、無い )
活路を見出だした気がして、彼女が軍馬の世話をしている、兵宿舎の西側を目指した。
軍馬の育成場は宿舎をずっと過ぎて、西側にある。
竜騎兵達が長い槍を携えた状態で練習出来る、広大な習練場もあった。
軍馬は中央以外に、王都西部でも育てられているらしい。
習練場の横には小さな建物があり、俊輔は入り口にいた兵士にオルデールの居場所を尋ねた。
教えてくれた場所に足を運ぶと、開放的な納屋の中でオルデールが金槌を手に、真剣な面持ちで馬蹄の調整をしていた。
訪れた俊輔に気付いて手を止め、ぱっと明るい表情に変わる。
皮の手袋を外しながら、こちらにやって来た。
「どうしたの?珍しいね、シュンスケがここに来るの」
彼女は、見事なウェーブのかかった橙色の髪をすっきりと纏め、いつものド派手な衣装では無く、白のシャツと黒のズボンに、皮のエプロン姿だった。
飾ら無くても、いつもの端正さを少しも崩す事の無い姿が新鮮に感じた。
「オルデールさんに、相談があるんです」
「私に?」
首を傾げた彼女の前で思いあぐねいていた俊輔だったが、決意を固め、清水の舞台から飛び降りる気持ちで言った。
「あのっ!女性を、俺に…む、夢中にさせるには、どうしたら、いいんでしょう、かっ…!?」
真面目な話のはずなのに、こんな恥ずかしい事を堂々と、真っ昼間から他人に相談している自分が、アホみたいだ。
言い終わる前に、全身が真っ赤に茹で上がってしまう。
「えっ…?女性をシュンスケに、夢中にさせる……?」
オルデールは俊輔の放った言葉を咄嗟に反芻し、更に彼を居たたまれない気持ちにさせた。
紅い瞳が見透かす様に、凝視している。
「シュンスケ。今まで、キスしたことある?」
「それは…」
訊かれて俯いてしまう。口唇を引き結び、頭を振った。
正直な答えに苦笑し、暫く悩んでいる様子だったが、やがて何かを思い付いたのか、ポンと手を叩いた。
「ちょっと、待っててね」
言い様、竜騎兵習練場の隣にある建物に向かって走り、暫くして、何かを胸に抱えながら戻って来た。
「これ、シュンスケにあげるよ」
「本?」
受け取ったのは、二冊の本だった。
どちらも赤い表紙をしており、結構厚みがある。表紙も背表紙も、金箔を使って、丁寧に装丁されていた。
表紙の題名に視線を移す。
「恋愛術、指南書…?」
「そう。ウブなシュンスケにはこれが丁度良いよ。こっちがフラウディル版で、これがティドロス版ね。シュンスケは男性だから、ティドロス版の方がいいんじゃないかな~」
仲の良いティドロスの貴族から貰ったらしい。
恋愛に関する指南書という事は、恋愛をうまく進める為の、方法等が記されているのだろうか。
めくってみると、綺麗な挿し絵と、文章が並んでいた。
「へえ~。自然な誘い方とか接し方とか、口説き文句が書いてある」
気恥ずかしくなるセリフもあるが、これは任務に十分使えそうな気がする。
中程までパラパラめくった辺りで、突如として盛大に吹き出した。
「こ、これっ!…エロ本じゃないですか!?」
「下品な言い方をすれば、そうだね」
俊輔の過敏な反応を面白がりつつ、オルデールは堂々と肯定した。
本には、衣服がはだけた男女が絡み合う、悩ましい挿し絵が幾つもある。
後半に行くほど、内容が深く過激になり、文章もこと細かに記されてあって、ページを追うごとに目が回りそうになった。
ティドロスは男女が揃った国だから、俊輔からするとかなりリアルな内容になっている。
本を開いたまま固まっていると、オルデールは指導する口調で言った。
「いいかい?恋愛術というのは、自分を有利に持って行く為の技、駆け引きであり、貴族にとっては嗜みの一つなんだよ。別に恥ずかしい事じゃ無い」
ふふん。と、彼女は胸を得意げに反らせた。
「有利に持って行く為の、駆け引きか…」
恋愛も、武術と繋がる部分はあるのかも知れない。
ティドロス版をぱたんと閉じ、鼓動を抑えながら、今度はフラウディル版を開いた。
「うぅっ…!こ、これは…っ!」
事前に心の準備をしたはずなのに、その内容はティドロス版より目眩を感じた。
フラウディル版は当然、女性同士の事をご丁寧に、細部に至るまで、挿し絵付きで説明してある。
はっきり言って、完全に未知の領域だ……。
雷に打たれた衝撃を何とかやり過ごし、ふとあの二人の顔を思い浮かべた。
( ユリウスさんと、ノアさんも…。こんな事をして、いるのかな )
挿し絵からつい、美しい彼女達の艶かしい絡みを連想してしまう。
脳がグツグツと沸騰し、体温が限界値まで、上昇した。
「シュンスケ。鼻血出てるよ」
流血にも構わず、自分の頬を、バシンと叩く。
( …いや!二人はお互い好きで結婚している訳だし、こういう行為だって、別に、おかしな事じゃ無い )
この国は、木に祈れば子供が出来る。
しかも女性同士が結ばれるから、本に描かれている様な行為があるかも。という想像は、した事すらなかった。
( これまでの俺の考え方の方が、おかしかったのかな… )
自分の生まれ育った世界と、この世界の常識や様相は全く異なる。
だが、それぞれに暮らしている人々の性質は、実は大して差が無い。
お互いに好意があれば、深く肌を重ね合わせたいと思うのは、きっとどちらにおいても自然な事なのだと、真面目で恋愛経験の薄い俊輔はそう思い至った。
ー何だか思わぬ所から、違う方向に新たな世界が拡がった気がする…。
「オルデールさん、ありがとう…。勉強になりましたし、助かり、ました…」
本を抱え、ぺこりと頭を下げると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「そっか、良かった~。よく分からないけど、頑張ってね。シュンスケ」
笑顔で励まされ、周囲の目線を気にしながら育成場を出た。
( 取り敢えず、本の隠し場所どうしようかな… )
足早に兵宿舎へ向かう。
更に悩みが増えた気がして、煩悩を振り切る様に、脇目も振らず走った。
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