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「久々にのんびり出来ましたねぇ。ちょっと刺激的で、良い休暇でした。また呼んで下さいね」 夕方、馬車に乗り込んだアリシアはニコニコと手を振った。 アリシアの向かいには、ノアも座っている。 ノアはアリシアを送った後、彼女の実家であるオルティニア家に寄り、今日はそのまま泊まるらしい。 「明日から、シュンスケさん宿舎に戻っちゃうのよね。大変な時期だけれど、無理はしないでね」 「はい。気を付けます」 力強く答えた俊輔に微笑み掛けると、二人を乗せた馬車は出発した。 「シュンスケ~!また遊ぼうね~っ!」 オルデールはキースに乗り、颯爽とキルシュタイン家を後にした。 「…煩いのがいなくなって、静かになったな」 ぼそっと呟いたユリウスと屋敷に戻り、瑠璃紺の絨毯が敷かれた階段を上る。 「シュンスケ。落ち着いたら、後で私の部屋に来てくれ」 ワインを飲む彼女の話し相手になる為、たまにこうして、寝室に呼ばれる事がある。 部屋に戻ってシャワーを浴びた俊輔は、宿舎に持っていく荷物を手早く纏めた。 「休暇も、あっという間だったな」 思い返せば、濃い二日間だった。 二回も死にかけたり、初めて追剥を倒したり、何かとスリリングな事もあったけれど、楽しい休暇を過ごせたと思えた。 「王族の、お姫様にも会えたしなぁ」 クレスは、あの後大丈夫だったのだろうか。 かなり怒られていたけど…。 廊下に出て、一番西側の寝室の扉をノックしようと右手を上げると、まだ濡れた髪を拭きながら、ガウン姿のユリウスが出迎えてくれた。 「シュンスケは、ジュースでいいか?」 はい。と答えると、グラスに注いで手渡してくれた。 「あの…。王族に、クレス様と、アーリーン様って、おられますか」 何の脈絡も無い質問だったが、ユリウスはワインを一口飲んで頷いた。 「良く知っているな。軍で聞いたのか」 「ええと、はい。王族の方々の事、詳しくは知らないので…教えて貰えませんか」 南側の大きな出窓に、二人は移動した。 「クレス様は、王であるセレニア様の、二番目の姫君だ。まだ成人されたばかりで、六つ上の姉君、アーリーン様の婚約者と言われている」 「えっ!?実の姉と、結婚を?」 驚いた俊輔に、ユリウスは神妙な表情を向けた。 「王族は、少し特殊な方々なんだ。王族同士でないと、子が出来ない。過去に、貴族と結ばれた方も何名かおられるが、子は望めなかったようだ」 「そうですか…」 クレスが結婚を嫌がる理由が分かり、俯いた。 「王族は、私達よりも寿命が遥かに長く、魔力の量も甚大だ。しかし、元々子が出来にくい上に…」 少し、言葉を詰まらせた。 「過去に四度、木を増やそうとしたが…。全員が木には変じず、石になってしまった」 「石?」 ユリウスの蒼い瞳と目が合った。 「王族は魔力が尽きると、石になる。導官は休めば魔力は戻るが、王族は戻らない」 初代の王、天候を自在に変える程の魔力を持ったフラウは、残された魔力で木に変じた。 王族達は、たった一本しかない木を増やす為に、一人では無く数名で力を合わせたものの、願いが成就される事は、遂に一度も無かった。 「そうした経緯があって、王族の数は、かなり減ってしまった。今は八名しかおられない」 「そう、ですか…」 クレスが言っていた、子を産む事がフラウディルの為になるという言葉には、いずれ木を増やす為に、王族達が命を捧げなければならない。 という意味があるのだろうか。 「可哀想、ですね」 ぽつりと、呟いていた。 簡単に、可哀想と口にしてはいけない話なのだが、俊輔はクレス達が、心から気の毒だと感じた。 そんな彼に、ユリウスはふっと微笑んだ。 「シュンスケは、優しいな」 「いえ…」 「シュンスケからすれば、ここはまだ、来て間もない異世界だろう。小さい時から暮らしていた訳でも無いのに、フラウディルを大事に想ってくれる気持ちが、嬉しい」 深く蒼い瞳に、俊輔の顔が映っている。 間近で見つめられている事に気付き、鼓動が跳ね上がった。 ドキドキしてしまう自分を落ち着かせようと、ジュースを一気に飲み込む。 ユリウスは出窓から、星空を見上げた。 手で掬い取れそうな位に近く、宝石の様な星が輝きを放っている。 「…前に、シュンスケが言っていた、ツキなんだが」 この世界に月は存在しない為、その時彼女は、月の話を興味深く聞いてくれた。 「夜空にある星を全部集めて、丸く固めたら、ツキにならないかな?」 子供が考え付きそうな想像と、わくわくと踊る様な表情に、くすっと笑みを溢した。 「多分、これだけ星が沢山あっても、足りないと思います」 目を見張り、何度か瞬く。 「そんなに、大きいのか…。ツキに行けたら、そこからは、どんな景色が見えるのだろう」 「きっと…。星の海に浮かんでいるみたいに、綺麗な景色が広がっていると思います」 俊輔も、星空を仰いだ。 この世界に来てから、幾度と無く、自分を励ましてくれた無数の小さな光が、常に変わらず、そこにある。 その日の夜、俊輔は不思議な夢を見た。 真夜中、キルシュタイン家の庭園に出た彼は、花や木々の葉、テラスの石畳が、白く淡く濡れ輝いているのに気が付いた。 見上げると星の無い漆黒の闇に、真円の月が煌々と光を放ちながら、頂点に座している。 まるで、真っ暗闇に空いた巨大な穴の様だ。 そして、彼は庭園に立つ、白く裾の長いドレスを纏った女性の、後ろ姿を見付けた。 しなやかで、ほっそりとした腰から下は、ふわりと膨らんだデザインの、美しいドレスだった。 背後の俊輔に気付き、女性はゆっくり振り返る。 振り返り際に、サファイアの瞳が彼の姿を映して、艶美に細められた。 髪を左右に分け、編み込みながら結い上げ、真珠とダイアの耳飾りを煌めかせた麗しい女性は、ユリウスだった。 月の光を受けた彼女は、美しい横顔も銀の髪からも、白い燐光を放ちながら微笑んだ。 「あの円い光の先に、何があるんだろうな」 そう静かに呟くと、そこで俊輔は、目を覚ましてしまった。
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