27.

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27.

夕間暮れから降り出した雨は夜が更けるにつれ、(みぞれ)混じりの氷雨となった。 広闊としたテラスは屋根があるのでそぼ濡れる心配は無いが、屋根を支えている石積みの列柱の間からは絶えず冷気の波が押し寄せ、辺りは身を切るような寒さが漂っている。 明明と燃える篝火の側にいても、炎が与えてくれる温もりは俊輔に届く前に冷気と混じり合い、薄れてしまう程だった。 恭しく膝を着いたカルロスの侍従から剣を差し出される。右手で柄を掴み、目の前で掲げてみせた。 「この剣……」 既視感に首を捻る。 刃渡りは1m前後。切っ先を地面につけた時に柄頭が腋にくる位の長さがあり、重さは1㎏から1.5㎏程。 これは、俊輔が普段使っている両手剣(ロングソード)に匹敵する長さと重さである。 しかし異様に短いその柄は、両手ではなく片手で扱う事を示唆している。 半球状のカップを、柄の前面に付けた剣の剣身は細長く、篝火の明かりを受けて鋭い剣先まで光の筋を走らせた。 「レイピアを見るのも初めてか? これはカップ・ヒルトと呼ばれるタイプの柄でな。なぜこの様なカップが付いているのかは…モリヤも決闘の時に、思い知ることになるだろう」 にやりと意味深に口角を上げたカルロスも、同じ剣を手にしている。 「レイピア…。そうか、三銃士に出てくるキャラがこんな剣使ってたな」 子供の頃に観たアニメを思い出して呟くと、白と黒のタイルが貼られたテラスの中央まで手招かれた。 「我が国の武術は構えが一つで、防御の方法は二つだけ。短期間でも熟練出来るのが特徴だ。英雄にして軍人である君なら、実戦で直ぐに身に付くだろう」 さらりと簡単に言ってのけたカルロスは、自分と同じ構えをする様に。と付け加えた。 「足は広げずに、右のつま先を相手に向け、左足はその後ろに90度傾けて置け。右腕とレイピアは相手の正面に向けて真っすぐ伸ばし、左手は自然に下げる」 背筋も足も、ピンと伸ばした棒立ちに近い構え方だ。 伸ばしたレイピアの切っ先が、相手の半球状の(つば)にカチリと当たる。 「レイピアは見ての通り、戦場での使用を全く考慮していない武器でな。自己の名誉と正義を体現し、それを実力で証明するためのもの…。すなわち、決闘用の武器と言う事だ」 構えたと同時に、カルロスの気配が変わった。 俊輔を見据える双眸に気迫が漲っている。 「ルールは単純。相手の武器を落とすか、折った方が勝者だ。腰から上ならば、何処を攻撃しても良いぞ」 「…分かった」 カルロスの気迫が、重ね合わせたレイピアを通して伝わって来る。 ピン…。と張り詰めた空気の中、俊輔は自分の中で、もう一人の自分に切り替わる音を微かに聞いた。 「見物人も増えて来たな。やはり決闘は、こうでなくては」 いつの間にかテラスの出入り口には、二人の決闘を見届けようとする貴族たちが群がっている。オルデール達と五将らも、ユリウスの側で固唾を吞んで俊輔を見守っていた。 「…では、行くぞ。モリヤ」 合図と同時に、カルロスは剣を突き付けた姿勢のまま、ゆっくりと反時計回りに回りだした。動きに合わせ、俊輔も慎重に、反時計回りに足を運ぶ。 ー真っ先に感じたのは、違和感。 これまで習ってきたどの構えとも歩法とも異なる上、この独特な円運動は彼の想定外だった。 ( フェンシングに似ているのに、違う ) 現代フェンシングは直線移動のみであるのに対し、ティドロス式は両者が向き合ったまま、ぐるぐると同じ場所を回り続けている。 カルロスは俊輔から生じた僅かな戸惑いを見逃さず、余裕を持った口ぶりで説明した。 「この動き…ティドロス式武術の図式を、私達は『神秘の円』と呼んでいる」 説明している間も、足は決して止まる事が無い。 「防御の方法は二つだけと言ったな。相手の攻撃を斜め前方、または横に踏み込んで避けるか、受け流すしかない。ーさあ、これはどう防ぐ?」 「!!」 あたかもダンスを踊っているかの様に、カルロスは斜め左前方に大きく踏み込んだ。 それと同時に右側に持って来たレイピアの切っ先が、俊輔の喉笛を狙う。 ( 速いッ! ) ざわっ、と全身の毛が逆立つ。 重ねた剣で相手の攻撃線を封じる間もなかった。 驚異的な反射神経の良さで身体を捻り、すんでのところで串刺しを避けた俊輔を、カルロスは感嘆しながらも気障ったらしく忠告した。 「モリヤ。レイピアは非常に攻撃的な武器だ。剣士はその長さを最大限に活用し、相手の隙を決して逃さず、即座に攻撃する事が求められている。中途半端な考えで行動を起こせば、今度こそ串刺しになるぞ。ふふ…ティドロス式武術が大陸最強と恐れられている所以(ゆえん)が、理解出来たかな?」
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