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2.
待ち焦がれた夕刻を知らせる鐘が人々の間を縫い、街中に響き渡るのを耳にした俊輔達は、石畳の通りにへなへなと座り込んだ。
大通りを行き交う喧騒は昼よりも密度を増し、あちこちで灯され始めた明かりに、辺りはぼんやりと艶めき始めている。
「お、終わった…っ!」
「もう動けないぃ~」
次々と涌き出る凶悪な酔っぱらい共を、怒濤の如く制圧し続けた身体はもう、余力が残されていない。
全身に切傷や打身が出来て、かくかくと膝が笑ってしまっている。隊員達は互いに支え合い、交代と報告の為に西部兵宿舎へと、足を引き摺りながら向かった。
「明日と明後日は休暇だし、やっと、解放された気分ね」
「ホント。収穫祭は仕事でもうお腹いっぱいだから、一日中寝ていたいわ…」
最初の方こそ、
休みの日位は、年に一度の収穫祭を楽しみたい!
と、胸を踊らせていた隊員達だったが、連日酔っぱらいの相手をしている内に、そんな気力も意欲も削げ落ちてしまったらしい。
「あーあ。恋人が居たら、私だってお洒落して、何がなんでも、収穫祭デートに行くのになぁ~」
秋の夜の訪れは早い。
日毎に淡く遠ざかる空は、つい先程まで濃い茜に染まっていたかと思うと、もう夕闇が、人々の足元にまで降りて来ていた。
通りをそぞろ歩くカップル達は肌寒さも相まって、互いに身を寄せながら暖を取り、綺麗に飾り付けされた露店を覗いている。
羨ましそうに、幸せ一杯なカップルを覗き見ていた隊員の一人が足を止め、あっ!と声を上げた。
「あそこにいるのって、レナスと…。ソアラじゃない?」
「えぇっ!?」
隊員達は、一際大きい俊輔を壁がわりにすると、脇から頭を出してキョロキョロしだした。
「ちょっと、何処よ。いないじゃないの」
「あっち!ブレスレット売ってる店先!」
「うーん…。シュンスケ、見える?」
人が多すぎて紛れてしまい、指差した先が見えないらしい。
俊輔は目を細め、言われた店の辺りを遠く凝視した。
「…本当だ。レナスと、ソアラだ」
スラリと背の高い、レナスの横顔が見えた。
隣に立つ淡い水色の髪の女性は、こちらに背を向けているが、ソアラに間違い無いと思う。
二人は、リナ達とはアカデミーの同級生にあたる。
「うそっ!?レナス…、ど、どんな感じ?」
ハラハラとした面持ちで尋ねる彼女達は、普段の勇ましい姿とは打って変わり、年相応の女の子らしく見える。
ほつれた髪を撫で付け、服に付いた汚れを払い、急に身なりを気にし出した。
全員が、レナスに気があるのだろう。
レナスは同期の中で、女子人気が非常に高い女子だ。
整った綺麗な顔立ちに柔らかな物腰で、誰に対しても誠実で優しい。
俊輔も何度か話をした事があるが、格の高い貴族出身であるものの、彼女はそれを全く鼻にかけない、思慮深い性格をしていた。
「んー、凄くいい雰囲気に見えるけど。お互いに、プレゼントを選び合ってるっぽいよ」
率直な報告に、彼女達はぐっ。と喉を詰まらせた。
「…それ位なら、お友達同士でも、するよね?」
「そうよ。単なるお友達として、遊びに来ているだけよ」
まるで、自分に言い聞かせる様な会話に苦笑を漏らしたが、
「友達にしては距離が近いような。あっ…。キス、した」
束の間見つめ合った二人が、そっと口付け合うのを目撃してしまい、反射的に顔を背けた。
「えっと…」
背けた視線の先に、悲嘆に暮れる様子を微塵も隠そうとしない、リナ達の姿がある。
「そんなぁああ!レナスは、恋人を持たない主義なんだと思ってたのに…!」
「しかも、よりによって相手が、ソアラだなんて~!」
「どうして、あんな地味な子がレナスと、って感じよね~。あぁ、ショックだわ…。余計に、疲れが増した」
等と、口々に嘆きを溢しだした。
彼女達にとっては、
憧れのアイドル熱愛発覚!
…といった所だろうか。
その恋人に対してつい評が辛くなってしまうのは、どこでも同じだな。と思うと、何やら微笑ましい。
「そうか?俺は、ソアラ結構可愛いと思うけどなぁ」
確かにソアラは引っ込み思案だし、地味で目立たないタイプだ。でも、彼女には素朴な可愛さがある。
レナスは周囲の目を引く美形だが、性格が穏やかな方だから、武官にしては珍しく物静かでおっとりとしたソアラと、相性が良いのだろう。
思ったままを口にしたのだが、彼女達には、気に食わない意見だったらしい。
「その言い方だと、シュンスケはレナスより、ソアラの方に魅力を感じるって、言ってるみたいだけど?」
詰問する口調だが、その通りだったので頷くと、彼女達は揃って顔を見合わせた。
「やっぱり、シュンスケは変わってる」
「…そうかなぁ」
困って頬を掻いた俊輔に、リナは大真面目な顔で、
「シュンスケはさ、美形に囲まれ過ぎて、とうとう美形耐性がマックス突き抜けて、感覚がおかしくなっちゃったんだよ。きっと」
と、失礼だが面白い指摘をした。
「美形って…。キルシュタイン将軍のこと?」
「そう!あんな綺麗な人と毎日一緒にいたら、そこそこの美形には、ピクリとも反応しなくなるって」
「なんだ、それ」
吹き出して笑ってしまったが、ミリアも神妙な面持ちで、リナの意見に便乗した。
「美形と言えば。シュンスケって、オルデールさんとも仲良いんでしょ?千名を越えるファンクラブがある…。彼女も、そこそこの美形じゃないものね」
「オルデールさん、そんな大きいファンクラブあるの?!」
ー本人の誇張じゃ無く、本当にモテるんだな。
つい感心した彼に、他の隊員は不満げに、口唇を尖らせた。
「導官のアリシアさんや、ウユラさんとお近づきになりたいって子も、結構多いんだからね!シュンスケは、当たり前にお話してるけどさぁー」
アリシアは分かるが、あのウユラも人気があったらしい。
やがて浮かび上がって来た疑問に、俊輔は首をひねった。
「それなら自分から話しかけてみたらいいんじゃないか?将軍もだけど、みんな気さくに話してくれ…」
「そんなこと、出来る訳ないでしょッ!!」
「うおっ?!」
何気なく言った言葉に全員が激昂し、壁際まで詰め寄られてしまった。
「鈍感なシュンスケには分からないだろうけど、キルシュタイン将軍もオルデールさんも、目が合うだけですーっごくドキドキするのよ!抑えようとしても緊張で倒れそうになるってのに、自分から話し掛けるだなんて…!そんな大それた事したら、死ねる自信があるわ」
「綺麗過ぎて、近付く事も躊躇っちゃうものね~。遠くからお姿を見ているだけで、胸が一杯になっちゃう」
頬を赤らめた隊員に、
分かる分かる~!
と頷き合う彼女達を見ている内に、だんだん変な汗が滲み出てきた。
( まずい…。完全に女性達の敵になってる )
ユリウスもオルデールも、同じ武官のファンが多い。
特に五将の一人で、実力も美貌も、一線を画しているユリウスに心酔している者は多い。
そして、その彼女から直に剣術の手ほどきを受け、同じ屋敷に住まわせて貰っている俊輔を快く思わない兵士もまた、多かった。
陰口を叩かれるのは勿論の事、すれ違い際に、
「調子に乗るなよ」
と、恐い顔で言い捨てられる事もある。
今は予備役として屋敷から直接任務先に向かっているが、以前の様に宿舎住まいだったら、居心地は更に、悪くなっていたかも知れない。
( 端から見れば、優越感に浸っている様に見えるのかな。そんな事は、無いんだけど… )
男性は、この国の女性からは恋愛対象にはなり得ず、俊輔は全く、モテないままだ。
それなのに、妬み嫉みだけはガッツリ受けるという、理不尽な状況にも以前と変わりはなかった。
「この前、ゴンチェとムッチョがさ」
リナが不穏さを滲ませた表情で、俊輔を見上げた。
「あの煉瓦色の身体からは、何色の血が吹き出すのかしら。って、何人かで集まって話してたから…。見掛けたら、全力で逃げろよ」
「う、うん。そうする…」
兵宿舎や兵士の目が多い所では、目立たぬよう縮こまって行動しようと、固く肝に銘じる俊輔であった。
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