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待ち焦がれた夕刻を知らせる鐘が人々の間を縫い、街中に響き渡るのを耳にした俊輔達は、石畳の通りにへなへなと座り込んだ。 大通りを行き交う喧騒は昼よりも密度を増し、あちこちで灯され始めた明かりに、辺りはぼんやりと艶めき始めている。 「お、終わった…っ!」 「もう動けないぃ~」 次々と涌き出る凶悪な酔っぱらい共を、怒濤の如く制圧し続けた身体はもう、余力が残されていない。 全身に切傷や打身が出来て、かくかくと膝が笑ってしまっている。隊員達は互いに支え合い、交代と報告の為に西部兵宿舎へと、足を引き摺りながら向かった。 「明日と明後日は休暇だし、やっと、解放された気分ね」 「ホント。収穫祭は仕事でもうお腹いっぱいだから、一日中寝ていたいわ…」 最初の方こそ、 休みの日位は、年に一度の収穫祭を楽しみたい! と、胸を踊らせていた隊員達だったが、連日酔っぱらいの相手をしている内に、そんな気力も意欲も削げ落ちてしまったらしい。 「あーあ。恋人が居たら、私だってお洒落して、何がなんでも、収穫祭デートに行くのになぁ~」 秋の夜の訪れは早い。 日毎に淡く遠ざかる空は、つい先程まで濃い茜に染まっていたかと思うと、もう夕闇が、人々の足元にまで降りて来ていた。 通りをそぞろ歩くカップル達は肌寒さも相まって、互いに身を寄せながら暖を取り、綺麗に飾り付けされた露店を覗いている。 羨ましそうに、幸せ一杯なカップルを覗き見ていた隊員の一人が足を止め、あっ!と声を上げた。 「あそこにいるのって、レナスと…。ソアラじゃない?」 「えぇっ!?」 隊員達は、一際大きい俊輔を壁がわりにすると、脇から頭を出してキョロキョロしだした。 「ちょっと、何処よ。いないじゃないの」 「あっち!ブレスレット売ってる店先!」 「うーん…。シュンスケ、見える?」 人が多すぎて紛れてしまい、指差した先が見えないらしい。 俊輔は目を細め、言われた店の辺りを遠く凝視した。 「…本当だ。レナスと、ソアラだ」 スラリと背の高い、レナスの横顔が見えた。 隣に立つ淡い水色の髪の女性は、こちらに背を向けているが、ソアラに間違い無いと思う。 二人は、リナ達とはアカデミーの同級生にあたる。 「うそっ!?レナス…、ど、どんな感じ?」 ハラハラとした面持ちで尋ねる彼女達は、普段の勇ましい姿とは打って変わり、年相応の女の子らしく見える。 ほつれた髪を撫で付け、服に付いた汚れを払い、急に身なりを気にし出した。 全員が、レナスに気があるのだろう。 レナスは同期の中で、女子人気が非常に高い女子だ。 整った綺麗な顔立ちに柔らかな物腰で、誰に対しても誠実で優しい。 俊輔も何度か話をした事があるが、格の高い貴族出身であるものの、彼女はそれを全く鼻にかけない、思慮深い性格をしていた。 「んー、凄くいい雰囲気に見えるけど。お互いに、プレゼントを選び合ってるっぽいよ」 率直な報告に、彼女達はぐっ。と喉を詰まらせた。 「…それ位なら、お友達同士でも、するよね?」 「そうよ。単なるお友達として、遊びに来ているだけよ」 まるで、自分に言い聞かせる様な会話に苦笑を漏らしたが、 「友達にしては距離が近いような。あっ…。キス、した」 束の間見つめ合った二人が、そっと口付け合うのを目撃してしまい、反射的に顔を背けた。 「えっと…」 背けた視線の先に、悲嘆に暮れる様子を微塵も隠そうとしない、リナ達の姿がある。 「そんなぁああ!レナスは、恋人を持たない主義なんだと思ってたのに…!」 「しかも、よりによって相手が、ソアラだなんて~!」 「どうして、あんな地味な子がレナスと、って感じよね~。あぁ、ショックだわ…。余計に、疲れが増した」 等と、口々に嘆きを溢しだした。 彼女達にとっては、 憧れのアイドル熱愛発覚! …といった所だろうか。 その恋人に対してつい評が辛くなってしまうのは、どこでも同じだな。と思うと、何やら微笑ましい。 「そうか?俺は、ソアラ結構可愛いと思うけどなぁ」 確かにソアラは引っ込み思案だし、地味で目立たないタイプだ。でも、彼女には素朴な可愛さがある。 レナスは周囲の目を引く美形だが、性格が穏やかな方だから、武官にしては珍しく物静かでおっとりとしたソアラと、相性が良いのだろう。 思ったままを口にしたのだが、彼女達には、気に食わない意見だったらしい。 「その言い方だと、シュンスケはレナスより、ソアラの方に魅力を感じるって、言ってるみたいだけど?」 詰問する口調だが、その通りだったので頷くと、彼女達は揃って顔を見合わせた。 「やっぱり、シュンスケは変わってる」 「…そうかなぁ」 困って頬を掻いた俊輔に、リナは大真面目な顔で、 「シュンスケはさ、美形に囲まれ過ぎて、とうとう美形耐性がマックス突き抜けて、感覚がおかしくなっちゃったんだよ。きっと」 と、失礼だが面白い指摘をした。 「美形って…。キルシュタイン将軍のこと?」 「そう!あんな綺麗な人と毎日一緒にいたら、そこそこの美形には、ピクリとも反応しなくなるって」 「なんだ、それ」 吹き出して笑ってしまったが、ミリアも神妙な面持ちで、リナの意見に便乗した。 「美形と言えば。シュンスケって、オルデールさんとも仲良いんでしょ?千名を越えるファンクラブがある…。彼女も、そこそこの美形じゃないものね」 「オルデールさん、そんな大きいファンクラブあるの?!」 ー本人の誇張じゃ無く、本当にモテるんだな。 つい感心した彼に、他の隊員は不満げに、口唇を尖らせた。 「導官のアリシアさんや、ウユラさんとお近づきになりたいって子も、結構多いんだからね!シュンスケは、当たり前にお話してるけどさぁー」 アリシアは分かるが、あのウユラも人気があったらしい。 やがて浮かび上がって来た疑問に、俊輔は首をひねった。 「それなら自分から話しかけてみたらいいんじゃないか?将軍もだけど、みんな気さくに話してくれ…」 「そんなこと、出来る訳ないでしょッ!!」 「うおっ?!」 何気なく言った言葉に全員が激昂し、壁際まで詰め寄られてしまった。 「鈍感なシュンスケには分からないだろうけど、キルシュタイン将軍もオルデールさんも、目が合うだけですーっごくドキドキするのよ!抑えようとしても緊張で倒れそうになるってのに、自分から話し掛けるだなんて…!そんな大それた事したら、死ねる自信があるわ」 「綺麗過ぎて、近付く事も躊躇っちゃうものね~。遠くからお姿を見ているだけで、胸が一杯になっちゃう」 頬を赤らめた隊員に、 分かる分かる~! と頷き合う彼女達を見ている内に、だんだん変な汗が滲み出てきた。 ( まずい…。完全に女性達の敵になってる ) ユリウスもオルデールも、同じ武官のファンが多い。 特に五将の一人で、実力も美貌も、一線を画しているユリウスに心酔している者は多い。 そして、その彼女から直に剣術の手ほどきを受け、同じ屋敷に住まわせて貰っている俊輔を快く思わない兵士もまた、多かった。 陰口を叩かれるのは勿論の事、すれ違い際に、 「調子に乗るなよ」 と、恐い顔で言い捨てられる事もある。 今は予備役として屋敷から直接任務先に向かっているが、以前の様に宿舎住まいだったら、居心地は更に、悪くなっていたかも知れない。 ( 端から見れば、優越感に浸っている様に見えるのかな。そんな事は、無いんだけど… ) 男性は、この国の女性からは恋愛対象にはなり得ず、俊輔は全く、モテないままだ。 それなのに、妬み嫉みだけはガッツリ受けるという、理不尽な状況にも以前と変わりはなかった。 「この前、ゴンチェとムッチョがさ」 リナが不穏さを滲ませた表情で、俊輔を見上げた。 「あの煉瓦色の身体からは、何色の血が吹き出すのかしら。って、何人かで集まって話してたから…。見掛けたら、全力で逃げろよ」 「う、うん。そうする…」 兵宿舎や兵士の目が多い所では、目立たぬよう縮こまって行動しようと、固く肝に銘じる俊輔であった。
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