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 独りになった時、貴志は心底、困り果てた。今の気持ちとしては美沙に傾いている。が、しかし、美沙を取れば、荻原夫婦に浮気者と思われるだろうし、琴美に合わせる顔が無い。かと言って最早、琴美を取る気にはなれない。美沙の家庭教師をやることになってから琴美の性格の悪さと美沙の体の良さを知ってしまったから・・・彼の気持ちは美沙の夏休みが終わった後もぐらつきながらも変わることはなかった。何しろ美沙はこのひと夏の間にどんどん綺麗になって行くようだったし、琴美は心をどんどん醜くして行くようだったから・・・彼は兎にも角にも美沙の家庭教師を続け、彼女の成績を上げると同時に彼女との仲を深めて行った。  琴美が二人の仲を怪しいと感じ出したのは金木犀の花が全部散り芳香が無くなった頃だった。それから秋が終わろうとしていた時だった。木枯らしに身を震わせながら身も心も冷え切った状態で貴志に叫んだ。 「あなた!裏切ったわね!」 「えっ、何のこと?」 「今更惚けても無駄よ」  礑と睨みつける琴美の目と自分の目が合って美沙のことかと発露した顔を恐る恐る伏せ、彼女の胸元を見、貧乳と心の内で卑下する貴志であった。 「何、黙ってるのよ!」  そう言われて貴志はぽつりと呟いた。 「自業自得だよ」 「何だって!」 「怒る気持ちは勿論分かるけど、俺は君も教えてやって一流大学に進学させてやったんだ。その恩は忘れちゃ駄目だよ」 「そんなの、この際、持ちだすべきことじゃないわよ!」 「ま、兎に角、冷静になれよ。俺は君とも仲良くやって行きたいんだ」 「何、虫の良いこと言ってるの!」 「いや、兎に角だ。冷静になってくれ。決して美沙ちゃんと喧嘩しちゃだめだぜ」 「何が美沙ちゃんよ!よくぬけぬけと言えるわねえ!そんなことであなた!パパとママにどう弁解する気なの!」  それが問題だと貴志は思ったもののこう言った。 「弁解?何で俺が弁解しなきゃいけないんだ。俺は美沙の成績を上げてやってるじゃないか」 「そんなこと言ってんじゃないわよ!あなた!パパとママが美沙との関係を許すと思うの!」 「んー、やっぱりカミングアウトする気?」 「カミングアウトしなくたっていつかはばれる事でしょ!」 「そうだよなあ、はあ」と貴志は殊更に溜息をついて見せる。 「ばれたらこんな多情で移り気な男にどっちの娘もやるものかって思うに違いないわ!」  確かにと貴志は痛切に感じたものの琴美の剣幕を見て、これは絶対後戻りできないぞ、美沙をものにするしかないな、しかし、矢張り親が許さないか、さて、どうしよう、こうなったら両方諦めて冴子に絞るか、明美も悪くないな等と同じサークルの女友達を思い浮かべたりしながら良い意味でも悪い意味でも回転の速い頭の中が秋の空のように変わりやすいのだった。
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