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一真はガチャンっと騒がしい音を立てながらドアを閉じると、振り返る。ニコニコしながら仁王立ちする春斗は、一真の手先を見て、もう一度「何してるの?」と言った。顔は笑っているのに、目は冷え切っているし、言葉は刺々しい。
「いや、ちょっとトイレと間違えて」
慌てて思いついたバレバレの嘘を吐くと、春斗が数秒置いてから「そっか」と言った。それからトイレはこっちとドアを指差す。何も言ってこない。嘘を吐いた事にも何も。
「あ、ありがとう」
一真はそう言ってトイレに駆けこむと、鍵まで締めた。便器に座り、あの光景は何だったのか考える。
いないはずの香織がいた。一瞬だったけれど、あれは紛れもなく香織だった。長い付き合いの幼馴染を間違えるはずがない。凍えるぐらいの冷風の中に、香織がいた。ピクリとも動かない、まるで人形のような香織が壁に背を預けながら座っていた。今日は来れないと言っていたのに、どうして香織がいるんだ。しかもあの寒い部屋の中に。
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